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花火
【女性向け 官能小説】

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線香花火-1

「花火大会っすか?」

喫煙所。
ヒマツブシにフリーパーパーの花火大会特集を見ていたら、隣の席に座ったクマに声をかけられた。

「うん。いいよね、花火大会。浴衣姿のおねーちゃんがよりどりみどりだよ?」

「や、だから柚季さんのそのコメント、おかしいでしょ」

クマは私のおバカなコメントにもいちいち反応してくれるから可愛い。
10コ年下の新入社員は、かろうじて昭和生まれ。
クマの配属と私の異動が同時期で、なんだか勝手に同期みたいなもんだと思っている。

「えー、だって若いチャンネーの浴衣姿見たいもーん」

頬を膨らませて抗議する私。

「はいはい、チャンネーとか言わない。柚季さんだって充分若いじゃないですか」

「若くないもーん。童顔なだけだもーん」

あ、ほらまた困ったような顔。
クマは私の実年齢を知るまで、同世代だと思ってくれていたらしい。
残念なことに、私はチビで童顔なのだ。

「そもそもこの時期、オレら土日に休み取れないじゃないですか」

悲しいかな接客業。
おまけにシフト制勤務。
この時期はおかげさまで忙しい。
よっぽどの冠婚葬祭でなきゃこの時期の土日に希望休なんて出したら上司からも同僚からも何を言われるかわかったもんじゃない。

「ですよねー。あーあ、花火大会行きたーい」

「柚季さんは花火よりビールと若いねーちゃん目当てじゃないですか」

「あー、クマ。余計なこと言った。ビール飲みたくなってきちゃったじゃない」

「はいはい。仕事上がったら付き合いますから」

「じゃぁクマの奢りね」

「ひ、ひでぇ」

クマは私の癒しだ。
仕事中どんなに忙しくても、イライラすることがあっても、休憩時間にクマと話してるとなんだかいい意味で気が抜けるのだ。
売り場に戻っても、ふと視界に頑張っているクマの姿が入ると自分も頑張らなきゃなあ、と思うというか。

クマ。熊川諒(クマカワリョウ)
見た目もどことなくクマのぬいぐるみをイメージさせる。
まだ入社1年目とあって、知識も荒削りな部分もあるけれど、その一生懸命さと、親切丁寧な対応で、指名客のリピート率がすでに高い。
勉強熱心なところも、上司や先輩たちからウケがいい。
イケメン、ってわけじゃないけれど、私はクマが好きだ。
なんていうんだろう。自慢の弟みたいな感じ?

私はクレーム処理のドツボにはまり、クマも指名客の対応に手こずり、仕事が終わって行きつけの焼き鳥屋さんにたどり着いたのは、予定よりも1時間ちょっと遅かった。
おしゃれ、とか小奇麗、という表現はちょっと思い浮かばないけれど、人のいいマスターと、これまた人のいい奥さんが切り盛りするこの焼き鳥屋さんが私たちのお気に入りの場所だ。

「柚季さん、さっき何があったんですか?すごい頭下げてましたよね」

ビールで乾杯して一息ついたところで、クマが聞き出してくれる。

「あぁ、クレーム。まーたアイツの態度が悪いってさ」

アイツ、というのはアラフォー独身のバイト嬢。
彼女はしょっちゅうトラブルを引き起こしてくれるのだ。

「またっすか?今度は何したんですか?」

人のいいクマもさすがに呆れ顔。

「客がレジ前に来てるのに、ずっと隣のレジのコとしゃべってたんだと。で、客が注意したら逆ギレしてくれたみたい」

「うわっ、またっすか?ありえねー」

「私が謝り倒してても、自分は裏に下がっちゃってごめんなさいの一言もないんだもん。いい歳した大人がよ?注意すれば『なんで私ばっかり』だし。ほーんと、まいるわ」

どこの店舗にも一人や二人問題児はいるけれど。
異動してきてからというものの、彼女には手を焼いていた。
他の同僚からのクレームも多い。
前任のコが退職してしまったのも、彼女が原因というウワサがあるけれどあながち否定もできないんだろうなぁ。

「店長の判断は?」

「今回もきっと厳重注意で終わりじゃない?まぁ、本人は厳重注意されても変わらないんだろうけどさ。でもさ、ここで溜息ついててもビールまずくなるだけじゃない?クマにちょっと吐き出させてもらえて助かったよ。さ、食べよ食べよ!マスター、私手羽先!」

「オレ、味噌焼きで」

「あ、ずるい。アタシの好物!半分こしよ?」

「はいはい、わかってます」

呆れたような笑顔。
それでもこうして一緒に食事をしてくれたり、仕事の愚痴を聞いてくれる。
逆にクマの愚痴を聞くことも、相談に乗ることもあるけれど。
クマは私より、本当はずっとオトナなんじゃないかと思うことがよくある。
だから居心地がよいのかも。

仕事の話も、どうでもいい話も、ごちゃまぜにしながら二人だけの宴は進む。
なんだかいつも以上にジョッキが空になるペースが早い気はしていた。
ふと、時計を見るともう閉店の時間近くて、クマの顔は真っ赤になっていた。

「そろそろお愛想してもらおっか?」

「そうっすね」

ちょっと助かった、というような顔でクマが同意する。
悪いけど、私はザルだ。
私のペースに合わせなくていいのに、合わせようとするクマはやっぱり可愛い。

「あ、花火大会」

お会計を待っている間に、店内に貼られた花火大会のポスターに気づく。

「柚季ちゃんたちは行かないの?」

「土日休めないっすから」

マスターに聞かれてクマが答えた。

「じゃぁ代わりに二人でこれでもやる?」

そうマスターが手渡してくれたのは、線香花火だった。


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