投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

氷炎の舞踏曲の最初へ 氷炎の舞踏曲 62 氷炎の舞踏曲 64 氷炎の舞踏曲の最後へ

孤独なウロボロスについての記述。-1

――賑やかな王宮の夏至祭から、漆黒の髪の少年はこっそり抜け出した。

 嘘つきばかりで醜い人間たちの宴に付き合うのも、今夜はもう我慢の限界だ。
 彼と踊りたがる良家の姫は無数にいたが、気位が高くて下心丸出しの女達に、まるで魅力は感じなかった。
……でも、宴から上手く抜け出した所で、彼の楽園はもう無い。
 王妃の命により、改装という名目で瓦礫の山にされてしまった書庫の跡に、黒髪の少年は立ち尽くす。
 王宮の図書室に移動され残した本が、一冊転がっていた。拾い上げて埃を払う。

「ヘルマン、君ってウロボロスみたいだ。」
 その声に、黒髪の少年――ヘルマンは振り向いた。
「ウロボロス?」
「われとわが身を喰らう、万物の蛇だよ。君は知っていると思った。」
 背後に、正装をした金髪の少年が立っていた。
 愛嬌のある顔立ちだが、病気がちのせいで肌は青白く、痩せている。
 彼はヘルマン以上に宴から抜け出るなど許されない立場のはずだが、こっそり追いかけてきたのだろう。
「知っておりますよ。フリーデリヒ殿下。錬金術の本も一通りは読みました。」
「ただのフリッツにしてよ。半分でも兄弟だし、歳も同じなんだから。」
「……。」
「ごめん。僕の母上が、君の大事な書庫を……」
「この書庫は、僕の所有物ではありませんし、王妃様のおっしゃる通り、老朽化が進んでおりました。どうぞお気になさらず。」
 そしてヘルマンは、手にした本を瓦礫へと投げ捨てた……口元に、凍てついた冷笑を浮かべて。
「あ!」
「どうでも宜しいのですよ。失くして困るものなど、何一つ持ってはおりませんので。」
 丁重な返答に、フリッツが叱られた子犬のような顔をする。
 それを見て、ヘルマンはわずかに眉をひそめる。プイと横を向いて、苛立ったような声で、話題を変えた。
「それで、僕がウロボロスとは、どういう意味です?――――フリッツ。」
「ああ!そうそう。」
 屈託のない笑みを浮かべ、王妃の息子は、パタパタとヘルマンに駆け寄った。
「ウロボロスは、自分の尾を食べて生きるんだろ?」
「ええ。」
「他の存在に頼らない。何でも一人でできる君と、似てるなぁって。」
「それは、お褒め頂いているのですか?」
「絶賛してるんだよ。今日のパーティーだって、女の子は皆、君に一声でもかけられるのを、亀みたいに首を伸ばして待ってる!君の事を、皆が認めてる!」
「……特に、嬉しくもありません。」
「次の王には、君がなるべきだって、あちこちで話が出てたよ。」
「――――はぁ、そうですか。」
 少々呆れたような顔で、ヘルマンは異母兄を眺める。
「貴方の立場からすれば、そんな話を嬉しそうにするのは、少々おかしいと思いますが。」
「そりゃ、立場からすればね。」
 フリッツは、おどけた調子で肩をすくめた。
「ただ、僕の心は、『人には向き不向きがある。王位はヘルマンに押し付けて、フリッツは南の国で音楽家になるのが一番だ。』って言ってるんだ。」
「貴方にこの国の寒さは向かない事も、芸術の才能がある事も知っておりますが、そんなバカげた声には、耳を塞ぐべきですよ。」
「やった!僕のピアノ、褒めてくれるんだ!?」
「……話の都合の悪い部分を、無視しないでいただけますか。」
「あはは、ごめん。でも、嬉しかったんだ。」
 ペロリと舌を出して、フリッツは笑う。
「僕は、君みたいに何でも完璧にはできないけど、音楽は本当に好きだから。」
 呆れ顔で、ヘルマンはため息をついた。
「まぁ、正確に譜面どおりに弾くなら、僕にもできますが、貴方のように周囲の心を打つような演奏はできませんね。」
「うわぁ、どうしたの!?今日は大絶賛してくれるじゃないか!」
「僕はいつも、事実しか申し上げませんよ。」
「今夜の夜会だってさ、僕はあいさつ回りよりも演奏をやりたかったんだ。」
「踊り手からすれば嬉しいかもしれませんが、王妃様は許さないでしょうね。」
 実際、今夜の演奏者は酷かった。急な代打らしいが、王宮での演奏に緊張したのか、間違えてばかりだったのだ。
「はぁ……。ピアノの方を見ただけで、ものすごくおっかない顔をされちゃったよ。」
「当たり前です。」

 夏の心地よい夜風が吹き抜けて、二人の髪を揺らす。
「そうだなぁ……ダンスは、できないかもしれない。」
 ふと、宮殿の灯りを眺めながら、フリッツが呟いた。
「え?」
「いくら君でも、ダンスは一人じゃ踊れない。パートナーがいなきゃ。」
「おっしゃりたい事が、よく解りません。」
「なんていうか……ウロボロスだって、他の生物と繋がりたい時が、あるかもしれない。」
 少々言い辛そうに、フリッツは頭を掻いた。
「ヘルマンは、一人で何でもできちゃうけど……その……さっき、とても寂しそうに見えた。」
「……。」
「ねぇ。誰かに一緒にいて欲しくなったら、ダンスに誘えばいい。いつも強がってカッコつけてる君にも、それならできるだろ。」
……あんまり驚いて、すぐに返答もできなかった。
 穴が開くほど、フリッツを凝視する。
「――――くっく。あはは……あっはっは!!」
 そしてヘルマンは、いつもの彼らしくもなく、ケラケラと子どもっぽい調子で笑い転げた。
「なるほど、とても良い事を学ばせて頂きました。フリーデリヒ王太子殿下。」
「フリッツだって!」
「もし、そんな日が来たら、せいぜいカッコつけて、ダンスに誘う事にします。」
 そして、ヘルマンはきびすを返し、スルリと優雅にフリッツの横を通り抜ける。
 小さく、低い声で囁いた。

「……いずれなんらかの形で、借りはお返しはいたします。」


氷炎の舞踏曲の最初へ 氷炎の舞踏曲 62 氷炎の舞踏曲 64 氷炎の舞踏曲の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前