投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

氷炎の舞踏曲の最初へ 氷炎の舞踏曲 63 氷炎の舞踏曲 65 氷炎の舞踏曲の最後へ

孤独なウロボロスについての記述。-2

……若い頃の夢を見ていた事に、年老いた王は気がついた。
 夢の中では、自分は、『彼』になっていた。そんな事はありえなく、ただの夢のはずなのに、なぜか本当にあの時の『彼』の気持ちが、わかった気がした。
 老齢の身体はどんより重く、死期が迫っている事がはっきり解る。
 だが、恐ろしくは無い。
 生まれつき病弱で、二十歳まで生きられるかどうかという医者の見立てだったのに、孫の顔まで見れた。
 王位の後継者もきちんと定めたし、すべき事は済ませた。
 あとはたった一つ……『彼』に会うだけだ。

 部屋の中は静まり返っている。
 付き添いの医者や親族に、わがままを言って部屋から出て行ってもらった。
 だって、他の人がいたら、『彼』はこないだろうから。
「……ヘルマン。やっぱり来てくれたね。」
 いつのまにか、寝台の傍らに静かに立っていた青年に、王は声をかける。
 漆黒の髪と紺碧だった瞳は、濃いグレーの髪と氷河のようなアイスブルーの瞳に変わっている。
 けれど、その他は若い青年のまま、彼の身体は時を留めていた。
「兄上に、きちんとお別れを言うのが礼儀かと思いましてね。」
 にこやかな笑顔で、彼は言う。
 自分は別れの言葉も言わずに、黙って姿を消したくせに!
 十数年も経ってからひょっこり現れるまで、何回、彼を懐かしんで泣いた事か!
 ……悔しいから、絶対に言いはしないけど。

「息子に“手紙”の事を話したよ。きっと、あの子にも届く日が来るから。」
 それを聞くと、彼は形のいい眉をひそめた。
「図々しい。郵便配達の真似事も、これでやっと終りのはずです。」
「僕が死んだって、ウロボロスは、この国の守護神でいてくれるはずさ。全ての”書物”にかけて誓ってもいい。」
 すっかり少年の口調に戻り、老王は横たわったまま、愉快そうにヘルマンを見上げた。
「……。」
 彼はさらに眉をひそめ、プイと横を向く。とてもとても、悔しそうに。
「守護神などいませんよ。王をそそのかし、大陸諸国を荒らしまわって金をまきあげさせた、悪党がいただけです。」
「でも、その悪党がいなかったら、わずかな鉱山と畑さえ、他の国に奪い取られ、とっくに民は飢え死にしていたよ。何度も、攻め込まれる寸前で、あの手紙が国の危機を救った。」
「……。」
「それもまた『事実』じゃないかな。」
「あの手紙を書いた悪党は、この国が栄えようと滅びようと、どうだっていいのです。神も人間も……誰も必要とせず愛さない男でしてね。」
「うん。」
「ただ、貴方に借りがある。それだけだと、申しておりました。」
「うん……。」
「……まぁ、伝えておきますよ。貴方がこの国の存続を望んでいて、少しばかり手を借りたがっている、と。」
「ありがとう。」
「手紙が届くかどうかは、保証できませんよ。」
 ヘルマンが肩をすくめた。
「届くさ、絶対ね。」
「大した自信です。」
「……ハハ。」

 もう、しゃべるのも大変だったけれど、なんとか笑ってみせた。
 手紙は、届くに決まっている。
 自分で気づいていないんだろうけど、彼の冷静で冷酷な心の奥底には、ちゃんと感情が息づいてるから。
(君はあの夜、僕に心底腹を立てた。そうだろ?君は悔しかったんだ!初めて僕に心を揺さぶられて、負けたんだから!)
 あの夜……フリッツを見た彼の瞳は、氷の奥底で燃え続ける、青く激しい炎のようだった。
 何でもできる彼を、今でもとても尊敬しているし、憧れている。
 けれど自分達は、王位こそ奪い合わなかったけど、生まれた瞬間からライバルだった。
 もっと仲良く共に歩める道もあったかもしれないけれど、結局はこんな奇妙な形で、生涯を着かず離れずですごした。
――まぁ、これはこれで、悪くなかった。
 ともあれ、最後の最後で、もう一度、彼の心の琴線を、もう一度ゆさぶってやったんだから!
「……。」
 心残りはもう何もなくなったから、安心して眼を瞑る。
 そして心の中で、祈った。
 神から見放された不毛の地で生まれ、神と全ての人間を見放した、この孤独な美しいウロボロスの為に。
 神ではなく、彼を支えひと時の安らぎを与えていた書物たちに、祈った。

――どうぞいつの日か、彼が『せいぜいカッコつけて』誰かをダンスに誘えますように。

 閉じた瞼の上に、ヒヤリと冷たい手が、そっと置かれた。

「おやすみなさい……フリッツ。」



氷炎の舞踏曲の最初へ 氷炎の舞踏曲 63 氷炎の舞踏曲 65 氷炎の舞踏曲の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前