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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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変貌と絶望についての記述-3

 震える指先で、真鍮の取っ手に手をかけた時、
「サーフィ。」
 突然、そっと腕をとられ、ビクン!と、サーフィの身体が跳ね上がる。
 まったく気配を感じさせずに、片手にワイングラスを持ったヘルマンが、背後へ立っていた。
 廊下の壁で輝いているランプの明かりが、美貌の錬金術師の影を長く後へと投影している。
「ヘルマンさま……。」
 勝手に抜け出した非礼を咎められるかと思ったが、どうやらヘルマンにその気はないらしい。
 言葉につまるサーフィに、笑顔でワイングラスが差し出される。
「どうぞ。顔色が悪いですよ。疲れましたか?」
「申し訳ございませんが、お酒は……」
 半分ほど赤ワインが入ったグラスを、困惑してサーフィは眺める。
「葡萄ジュースですよ。」
 その言葉にほっとして、サーフィはグラスを受け取った。
 緊張していたせいか、喉が渇いてたまらない。
 飲み干すのを、ヘルマンにじっと見られているのに気づいた。
 氷河を思わせるアイスブルーの眼は、何もかもを見透かしているようで、怖くなる。
 もしかしたら、逃げ出すつもりなど、とっくにバレているのかもしれない……。
 そんな考えがふと頭をよぎった瞬間、ヘルマンの両手が、サーフィの顔のすぐわきの壁へと付いた。
 二本の腕と、覆いかぶさるように立ちふさがるヘルマン自身で作られた囲いの中に、囚われる。
「あ……あの?」

 見上げたヘルマンの顔には、いつもの飄々とした笑みが浮かんでいる。
「その場まかせに行き当たりばったりの、詰めの甘い計画は、やめたほうがいいですよ。」
「……な、なんの事……でしょうか?」
「奇跡でもおこらないかぎり、このまま逃げた所で、君の思い描く自由など、とうてい手には入りません。」
「――っ!!」
 手からワイングラスが滑り落ち、床で粉々に砕けた。
 逃げ出すつもりだったのを、認めたも同然だった。
「君が自分から、武術大会に出たいというなど、何か理由があるとしか考えられませんからね。」
 くくっと、喉を鳴らして笑い、尚もヘルマンは続ける。
「逃亡して、剣士として雇い主でも探すつもりでしたか?」
「……。」

 やはり、何もかも見透かされていたのだ……。
 黙って小刻みに震えながら、サーフィはヘルマンの言葉を聞いていた。
「甘いですね。まともな所なら、いくら腕が立とうが、王宮と揉め事の原因になる相手を雇ったりしませんよ。それどころか、即座に王宮に引き渡すでしょうね。」
 形の良い唇が、残酷でまぎれもない事実を、つらつらと読み上げる。
「ああ。勿論、まともでない所なら、いくらでも雇い手は見つかるはずですよ。麻薬密売人とか、殺し屋の元締めとか……そういった場所でなら、喜んで飼って貰えるでしょうね。結局飼い主が変わるだけで、むしろ扱いは、ここより酷くなると思いますが。」
「……う……く。」
「まぁ、他に可能性としては、薬漬けにして売春宿にでも売り飛ばされるか、そんな所でしょう。君はとても美しいですから、そっちの方が高く評価されるかもしれませんね。」
「っ!!!」

 あまりのセリフに、サーフィの顔が蒼白になる。
 カッと、信じられないほどの怒りが湧き起こった。
 ヘルマンの腕を払い除け、サーフィは凄まじい速さで右足を蹴り上げた。
 剣以外に格闘技であっても、サーフィは並の兵士には引けをとらない。
 それでも今まで、稽古や仕事以外で、こんな真似をした事は一度もなかった。
 しかし、普通の人間なら間違いなく首を直撃されていた蹴りを、ヘルマンはなんなく左手で受け止める。それどころか、サーフィの足首を掴んで動きを封じてしまった。
「あっ!!」
「自惚れないでください。君にできる事は、僕にだって出来ますよ。」
 そう言って、パッとヘルマンは手を離した。
「サーフィ。君のやろうとしている事は、愚か以外の何でもありません。自分を捨て値で競売にかけるのは、感心しませんね。」
 尚もにこやかな笑みを崩さず、淡々と、毒蛇のようにヘルマンは言葉と視線でサーフィを追い詰める。
「あ……貴方に、そんな事を言う資格があるのですか……っ!!」
 ブルブルと怒りに震え、頬を紅潮させながら、サーフィは叫んだ。
 ヘルマンにこんな口を聞くなど、自分でも信じられない。
 けれどもう、止まらなかった。
「貴方こそ……あの時だって……ご自分がどうなっても良いと、笑い飛ばしたのに!」
 今でもはっきり覚えている。
 右腕がざっくり裂けたヘルマンの姿と、『僕がどうなろうと、君には何の影響もないでしょう?』さも当然と言った口調で言い放った声。
 影響がない?
 痛みがないと理屈ではわかっていても、あの姿に、心が潰れそうな程痛んだ。
 そしてそれ以来、気づいてしまった。
 誰も必要としない彼は、自分自身にまで、全く価値を感じていないのだと……。
「ヘルマンさまがご自分を軽んじるかぎり、その件については、聞きいれません!」


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