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氷炎の舞踏曲
【ファンタジー 官能小説】

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変貌と絶望についての記述-1

 その一週間後、王都で武術大会が開かれた。
「護衛剣士として、腕を試しとうございます。」
 そうカダムに申し出て、サーフィは出場を許してもらった。
 出場者の殆どが、歴戦の騎士や腕自慢の男たちの中、サーフィは圧倒的な剣技で優勝を収めた。
 だが思ったとおり、試合中こそ興奮に沸きかえっていた観客達からも、サーフィが吸血姫と知ると、しだいに白けた空気がただよい始めた。
(バケモノなんだから、強いのも当たり前だよな。)
(これみよがしに剣を振り回すなんて、噂どおり、下品な女なのね。)
 そんな会話もチラホラ聞こえた。
 しかし、望んだ品は手に入った。賞金の金貨一袋と、副賞の最上級ワイン十樽だ。
 サーフィはカダムに、ワインの半分は、その日の観客へ、残り半分は、来週の誕生パーティーの日に、兵士達へふるまってくれと、願い出たのだ。
 護衛剣士という職業柄、自分は公の場でも、アルコールは決して取らないのだから、と。
 サーフィのささやかな申し出を、カダムは機嫌よく受け入れた。

 そして、誕生日の当日。
 今年のパーティーも、例年どおり中ホールで開かれたが、いつもより豪華なものだった。
 全ての柱には真紅と銀のリボンが飾られ、テーブルクロスやカーテンも、やはり真紅と銀で統一されている。
 立食式のテーブルには、美しい花器に盛り付けられた花と、見た目にも楽しませてくれる料理の数々が、溢れんばかりに載っていた。
 奇術や見事なダンスを披露する旅芸人の一座も招かれ、招待客たちを楽しませる。
 サーフィが着ているのは、この日のために用意された濃いワインレッドのドレスだ。
 胸元は大きく開き肩までむき出しの反面、ふんわり広げられたスカートには、腰の後にたっぷり布が盛って、幾重にも重なったリボンで華やかに仕立ててある。最新流行のスタイルだ。
 胸元や縁は、布地よりも少し暗い色合いのワインレッドのレースと、同色の絹でつくられたバラによって飾られている。
 髪も、今日はいつものサイドテールではなく、侍女達によって夜会用に編み上げられたが、髪飾りだけはいつもと同じものがメインについている。
 この髪飾りはカダムのお気に入りで、昔からいつも付けているように命じられていた。形こそ違うが、まるで首輪のようだと感じる。

 驚いた事に、今夜はソフィア王妃までもが出席していた。
 恐縮するサーフィに、王妃はいつものように淡々と祝いの言葉を述べる。
 この日を心底喜んでいるのは、サーフィの肩を抱いてニヤニヤ笑っているカダムだけだろう。
 毎年ながら、招待客たちはパーティーとしては楽しんでいるものの、吸血姫を祝う目的ではなく、国王の機嫌を取りたいから来ているのが見え見えだ。
 当のサーフィも、この日だけは、永遠に来ないで欲しかった。
 唯一、良かったと思ったのは、ヘルマンがひさしぶりに姿を見せ、何事もなかったかのように笑顔でプレゼントの包みを差し出し、祝いの言葉を述べてくれた事だ。
 あの日以来、彼とまともに顔をあわせる機会はなかった。あきらかに、意図的に避けられていた。
 少し、ほっとしたのもつかの間。プレゼントを渡すと、ヘルマンはさっさと離れていってしまった。
 素っ気無い後姿に、息が苦しくなって、涙を必死で堪えた。
 本当に呆れられ、見捨てられてしまったのだと、絶望が一層深くなる。
 
 正装をしている事で、今夜の彼はいっそう魅力的だった。
 招待客のご夫人は殆ど皆、ヘルマンを一度は振り返って顔を赤らめていた。中には、積極的に話しかける女性もいて、ヘルマンは彼女達に、完璧に礼節ただしく対応していた。
 それを見ると、心臓に見えない棘がつきささり、ヂクヂクと痛みを送り続ける。
 宴も中盤に差し掛かった所で、サーフィはそっとホールから出た。
 主賓が途中で席を外すなど、あってはならない事だが、サーフィがいなくなった所で、気に留める人もいない事は知っている。
 ドクドクと心臓が緊張に強張り、冷や汗が背中を伝う。

(このまま……逃げてしまおう。)
 この十八年間、何千回と頭に浮かんだ誘惑が、サーフィの手を取って、通路へ導く。
 外の世界で、たった一人で生きていける保証はどこにもない。
 この歳になっても、店で買い物した事も、街を一人で歩いた事さえもないのだ。
 おまけにサーフィは、国中からバケモノと疎まれている存在だ。
 それでも……この先ずっと、あの憎い男に玩具にされつづけるくらいなら……。
 城の警備の、どこが一番薄いかも、よく知っている。
 特に今日は、見張りの兵にも例の祝い酒が振舞われているはずだ。

 王宮の花壇に生えている観葉植物の一つに、酒と混ぜると強い眠気をもたらす花がある事を、ヘルマンから聞いた事がある。
 サーフィは夕べ、酒樽にその絞り汁を混ぜておいたのだ。


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