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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編-1

 ──〇〇地区──

 地区の外れに、小さなスーパーらしき建家があった。中に入ると先ず、普通のスーパーとの違いに気付かされる。
 肉や魚は勿論、味噌、漬物等の食材が、パックや容器詰めという、今では当たり前の事がなされておらず、量り売りという体をなしていた。
 惣菜も店内で調理が行われていて、その煮炊きする熱気や匂いに肉や魚の匂いが混ざり合い、独特の臭気を店内にまき散らしている。
 その上、店内の至るところから挙がる威勢のいい掛け声は、さしずめ、ひと昔前のスーパーに、タイムスリップしたような雰囲気であった。

 此処は、個人商店同士がひとつの建屋にまとめられていて、元々は戦中、戦後に地区の通りにあった闇市が前身であり、その後に店の権利を買った在日外国人等が、軒の連なるアーケード街へと発展させた場所だった。
 それが10年前。土地の借地権を持つ〇〇市が、一帯の再開発プロジェクトを立ち上げた。 当然、アーケード街は閉鎖の憂き目に遭った。
 店側は予め市に用意された現在の場所へと移転させられ、今のスーパーの様な形となった。
 それが、この“〇〇商店街”である。ひとつ々の異なる店が隣どうしに並ぶ姿は、何処か雑多で猥雑な、夜店と印象が似ていた。

「いらっしゃい!」

 林準一は、今日も買い物客に気安い言葉を掛けていた。
 彼が、この商店街で漬物店々員となって丸五年になる。
 高校を出た林は就職するわけでもなく、すぐに母親が切り盛りする此処で働きだした。
 母親が漬ける漬物は“母(オムニ)の味”として在日外国人だけでなく、日本人にも評判が良く、連日の盛況を極めていた。

 林は在日四世である。
 戦前、彼の曾祖父である林日学(イム・イルハク)は、半島を統治していた日本政府の甘言を信じて、一旗揚げようと海を渡り日本に移り住む。新天地を求めて貧しい祖国を捨てたのだ。
 しかし、騙されたと気付くのに幾らも掛からなかった。
 〇〇港に辿り着いた林の他、同胞逹は、陸路にてこの地区に連れて来られて、外国人収容所に数日間もの足止めを食らった後に、再びトラックである場所へと運ばれた。

 荒涼とした土地に並んだ粗末なバラックの集落。
 傍には仰ぎ見るほどのボタ山と、三十メートルは優にある巨大な巻き上げ機。そこは、軍の管理下にある炭坑であった。
 林以下、同じように連れて来られた同胞逹は、バラックを棲家として宛がわれて炭坑夫として働けと命ぜられた。
 唯、宛がわれたバラックのある集落は、彼らを住まわす為に作られたのでなく、元々、部落民の住む集落だった。
 部落民達も林達と同様に、此処に集められて炭坑夫として働かされていたのだ。


 林逹に割り当てられた仕事は、最も危険が伴う石炭の切り出し場だった。彼等は必死に働いた。一日の労働時間が十時間を超える事などザラであった。
 賃金は日本人の半分ほどしか貰えなかったが、彼等はそれでも満足だった。
 捨ててきた故郷は、食べ物さえ満足に無い状況だと聞かされていたからだ。
 炭坑以外にも、兵器工場や繊維工場で働かされる同胞逹もいて、その殆どが林逹と同様に、劣悪な条件下での労働を強いられていた。


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