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「カオル」
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カオルE-4

「今、お帰りかい?」
「ええ。今日はPTAの会合で」
「そうかい。大変だね」
「坂下さんこそ。庭の手入れ、ご苦労様です」

 しばらく、他愛のない話を交わして自宅に帰ろうとした須美江を、再び坂下が止めた。

「そういえば、さっき真由美ちゃんを見掛けたよ」
「えっ?真由美を……」
「ああ。綺麗な女の子と一緒に向こうの方から」

 向こうの方──須美江が歩いて来た道だ。

(綺麗な女の子って……友達が遊びに来たのかしら?)

 坂下と分かれた須美江は、自宅に帰り着くと子供逹を呼んだ。

「ただいまーー!真由美、薫、降りてらっしゃい」

 母親の声に、二人はリビングから現れた。

「お帰りなさい、お母さん」
「あッ、そっちだったの」

 須美江は、「ロールケーキ買って来たから」と言ってリビングの扉を潜ろうとした。部屋内の空気が動き、かすかに違和感のある匂いが鼻腔を刺激した。

(何?……この匂い)

 嗅いだことの無い。甘い匂いだった。

「薫、お皿とフォーク持ってきて」
「うん!」
「じゃあ、わたしは飲み物持ってくる」

 須美江の前を薫が、次に真由美が通り抜けた。風が起こり、香りを運んできた。
 匂いは、明らかに薫から発せられていた。そう気付いた瞬間、何をしていたのかが分かった。

(わたしが居ない間に、化粧をしたんだ……)

 袋を握る手が、小刻みに震えていた。自分の努力を無下にされて、怒り心頭に発する思いだった。

(……でも、長い目で見ないと)

 しかし、須美江は思い留まった。
 考えてみれば、まだ、習い初めて日も浅いのに、バレーに傾倒させようと時間をかなり割いている。


 スポーツ経験の少ない薫にすれば、ずいぶんと身体にストレスを抱えているだろう。
 何処かに捌け口を設けてやらないと、途中で断念しかねない。そうならないよう、多少は大目に見て、徐々に化粧や女装を遠ざける方が薫には合っているのではないか。

「お母さん、どうかした?」

 思案を続けていると、いつの間にか子供逹が様子を窺っていた。須美江は直ぐに表情を崩して取り繕う。

「い、いえ……ちょっと」
「だったらいいけど。食べようよ」
「ええ、そうね……」

 午後の一時、三つの笑顔がテーブルを囲んでいた。しかし、笑顔の裏には、それぞれの明かせぬ事情が複雑に絡み合っていた。






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