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「カオル」
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カオルE-3

「それに……」

 指先が、薫の唇に触れた。

「……ここにも、髭が生えちゃうんだよね」
「お、お姉ちゃん……」

 ゆっくりと唇がなぞられて、薫は背筋の辺りにぞわぞわとした感覚を感じた。但し、それは、決しておぞましさを伴うモノではなく、むしろ甘く痺れるようなものだった。
 行為に身を委ねながら、薫は姉の言葉を頭に留めた。
 成長期を迎えれば、自ずと男らしい身体付きになる。唯、そうなれば、“女の子”になった自分とは二度と会えない。この先、待ち受ける出来事を考えた時、寂しさと不安が胸中に飛来した。

「ねえ、お姉ちゃん」

 薫は、脱いだ服を真由美に手渡しながら言った。

「僕ね、さっき鏡を見た時……」
「鏡を見て、どうしたの?」
「その、胸が熱くなって……ぼうっとしちゃって」

 答える薫の頬は、少し色づいている。

「わたしも。それで興奮しちゃって、外に連れ出しちゃった」

 真由美は、弟が抱く思いにいたく共感するのだが、薫は一転して表情を曇らせ、力ない声で言葉を続けた。

「でも、もうすぐそれも出来なくなるんだね……」
「薫……」

 もの悲しげな声だった。
 真由美は弟を抱き寄せた。慰めてやりたかった。

「仕方ないじゃない。薫は男の子なんだから」
「うん。解ってるけど……」

 頭では解っている。だが、心はまだ、その準備がなされていなかった。

 ──儚き蜉蝣のごとき命。何れ弟は己の性と決別する時を迎えまる。

 どのような結果になるかは解らない。全てを受け入れ、過ぎ去りし日々として棄ててしまうのか、失われた物に執心し続けるのか。
 だが、そのどちらを選択しようとも、弟の傍で助力を尽くしたいと真由美は思った。


 薫と真由美が、行く末を憂いていた頃、会合を終えた須美江は帰路に就いていた。
 小学校の通学路に沿って歩くこと10分。自宅近くのコンビニが見えてきた。

(そういえば、此処のロールケーキがお手頃で美味しいって言ってたわね)

 ふと、娘が話していたのを思い出した。

「たまには、良いわよね」

 須美江は、コンビニに寄ってロールケーキをお土産に買った。
 横断歩道を渡った。もう、自宅が見える距離だ。これで、夕食の準備まではのんびり過ごせる。須美江の頭の中には、リビングで寛ぐ自分の姿が映し出されていた。
 その時、背中越しに彼女を呼び止める声がした。振り返ると、ご近所仲間である坂下千鶴江が立っていた。坂下は一人暮らしの高齢者で、庭に植えた花の手入れを日課としていた。
 時折、花をいただいたり、須美江が手料理をお裾分けしたりと、気安い付き合いをしてもらっていた。

「こんにちは、坂下さん」

 須美江が挨拶すると、坂下はにこやかな顔で訊いてきた。


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