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「カオル」
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カオルE-2

 ──あれは、確かにわたしがあげたウィッグだった……。

 谷口ひとみは、先ほど目にした光景を脳裡に浮かべて、答えを推し量っていた。
 昼間に母親と出掛けた帰り、横断歩道に真由美が立っているのを見かけた。
 ひとみは、声を掛けようと窓ガラスを下ろしたところ、彼女の傍に並んだ見知らぬ女の子が目に入った。
 綺麗な女の子だった。ひとみは思わず見とれてしまった。
 その時、気付いたのだ。女の子の髪が、自分が買って真由美にあげたウィッグと酷似していることに。

(そういえば、真由美の事って、知らないなあ……)

 真由美とは、二年生の頃に塾で知り合い、それ以来の仲だ。
 だが、ひとみは彼女の自宅の場所はおろか、兄弟の有無さえ分からない。単に学校と塾だけの付き合いで、それ以外の事は気にした事もなかった。
 しかし、ひとみにとっての真由美は親しい存在に変わりはない。だからこそ、あの女の子と彼女が、如何なる関係なのかを是非とも確かめたい。

(そういえば、あの顔……)

 気になった事がひとつ。
 あの場所にいた二人の顔。真由美も女の子も、伏し目がちな暗い表情をしていた。
 その画が頭に浮かんだ瞬間、ひとみの胸の奥が強く波を打った。
 彼処にいた二人が、自分の知らない事情で繋がっているのではないか。そう考えただけで、胸が焼けるように熱くなっていく──堪えることが出来ない。
 鼓動と同調した疼くような感覚が、内から泉のように湧き上がっては溢れでる。昂ぶる意識の中で、真由美の顔だけが浮かんでは消えた。

(なんで……あの子が……)

 細波が、次第に荒波へと変化する。浮遊感がひとみを包み込んだ。途切れゆく記憶の中で、真由美が自分にとって、親しい存在以上という事を身を持って気付かされたのだった。





 薫と真由美は、買い物を終えて帰宅すると、無言のまま階段を上がった。帰り際のいさかいが二人の口を重くしていた。

「……着替えようか」

 真由美が沈黙を解いた。
 慚愧に堪えない思いが、口唇を開かせた。
 誰よりも弟の性を解っているはずなのに、辱しめを与えてしまった。しかし、薫は姉に苛まれたとは思っていない。そればかりか、自分が言い過ぎた為にこの状況を招いたと反省していた。

「う、うん……」

 真由美の手が、薫の太腿にかかった。ぴったりと腿に張り付いたハイソックスの襟口に、手を沿えた。
 掌が、太腿の感触を確かめながら降りていく。細やかな肌が、しっとりと汗ばんでいた。

「やっぱり男の子だね」

 真由美の口から、感嘆めいた声が漏れた。

「見た目は前と変わらないけど、筋肉が締まってる……バレーのおかげかね?」

 薫は気にしたことも無かったが、そう言われて改めて見ると、確かに締まって見える。

「そうかなあ」
「薫も、あと3年もしたら、足の毛が濃くなるのよねえ」
「お父さんみたいに?」
「やだなあ。薫が、ウチの男子みたいになるなんて。
 こんな格好も、見られなくなっちゃう」

 真由美が本心を吐露する。
 弟が何れ、むさ苦しい男になるのかと思っただけで、虫唾が走るのだ。


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