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「こんな日は部屋を出ようよ」
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「こんな日は部屋を出ようよ」前編-6

 翌日。 時計の針は午後五時を指している。 もうしばらくすれば、叔母の家へと出掛けねばならない。
 目の前の灰皿には、幾本もの吸殻が重なり合っている。 落ち着けない自分が苛立たしくて、つい、煙草に手が伸びてしまう。
 昨日は心を決めたハズなのに、いざ、その日を迎えると、あの子と会うのを怖がっている情けない自分がいた。

(そういえば、いつも同じだよなあ……)

 ふと、昔が思い出された。
 生まれてから二十年足らず。 恋愛沙汰で、自分の想いが成就した例なんか一度たりとてない。
 中学と高校時代、好意を持った女の子はいたけれど、自分からアプローチしようとする勇気もなく、ただ、見守っているだけだった。
 そんな過去の寂しい記憶がトラウマとなって、僕は大学生になっても、未だに勇気を持つことも出来ずに過ごしている。
 友人からは、「幾ら相手を想っていても、伝えないと何も始まらない」などと、言われた事もあるが、例、伝えても、駄目だった場合は、僕もだが、相手も今までの関係のままではいられない。
 そう思うと無理だった。

「ああ……もう時間か」

 僕は煙草を揉み消し、憂鬱な気分のまま部屋を出た。

 叔母の家へと向かう道すがら、コンビニに寄って煙草とライター、それに携帯灰皿を買った。
 これまでは家庭教師をしている間、喫煙欲求に見舞われても抑えていたが、今日は我慢出来るか甚だ疑問だ──言わば、もしもに備えての措置。

 玄関前で、ドアフォンを鳴らした。
 何時もは、叔母の声が聞こえるのに、スピーカーから聴こえてきたのは、叔母ではなくルリだった。

「あッ!か、家庭教師に来ました」

 想定外の出来事に僕は慌ててしまい、声を上擦らせてしまった。
 直後にドアが開いて、向こうから彼女が現れた。

「こ、こんばんは……」

 自然さを装うとするほど、顔に不自然な力が入る。

「どうぞ」

 中に通されて、彼女の容貌を目にした途端、僕の心は揺さぶられた。
 裾の長い淡色のワンピースに黒の薄いカーディガンの装い。 何時もは肩まで垂らしている髪を結わえた様と相まって、実年齢以上の女性らしさを感じさせた。

「き、今日、叔母さんは?」
「今日は、出掛けてます」

 彼女の一言に、僕の緊張感はさらに高まった。 口の中が渇き、鼓動が耳奥で鳴っていた。 何か、大きな力が働いて、こんな状況を作り出している。
 そう思えるほど展開が出来すぎだと思った。

「き、今日は……不等式から」

 指導を始めた途端、僕は、自分の卑しい心根を改めて知った。
 ルリの傍らに立ち、要領を伝えながら、その無防備に露出した肌をジっと見つめていた。

 瞳に掛かる長い睫毛。
 遅れ髪の掛かる白い項。
 開いた胸元から覗く窪み。
 服の上からでも判る、女性らしいシルエット。

 僕は、手にした雑誌を開くことも無く、ルリの容貌を見つめ、ルリの息遣いを聞いていた。

 ──止まらない!

 自分のやっている事が異常だと解っていても、目はルリを追ってしまう。


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