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眠れない妻たちの春物語
【SM 官能小説】

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眠れない妻たちの春物語(第二話)-1

…私たちにとって、あれが愛のかたちだったというのだろうか…

あのころの私は、いつもあなたがピアノを弾いていたライブハウスにひとりでいた。
ジントニックのグラスから漂う淡いライムの匂いは、まるでじれったいあなたのように私の鼻腔
をくすぐっていた。白いハナミズキの花を飾った花瓶が置かれたカウンターで、私は頬杖をつき
ながら、あなたが奏でるジャズピアノを聞いていた。

あなたの名前は、タシロ… 私は、いったいあなたに何を求めていたのだろう…。



会社のフロントのある一階の大きな窓から、黄昏の陽光がうっすらと差してくる。
ロビーで、夫のケンジを待つ。部署が違う私たちは、帰りはいつも待ち合わせをして帰宅する。
いつから、そうしているのかは憶えていない。そんなことまでして、夫といっしょに帰る必要が
あるとは思わないが、必要がないともケンジに言い出せない。

「ユキコ、ごめん、ごめん。今日はすぐ帰れると思っていたのに、急に課長から会議の資料を
要求されてね…」

黒縁の眼鏡をかけたケンジが、頭をかきながら小走りでやってくる。


三十五歳で結婚してから七年、私たちに子供はできなかった。お互いがそのことに触れることを
いつも避けていた。避けているのに、ケンジのセックスは、まるで子供をつくるだけのためにや
っているようなものに思えてくる。

「今夜は、どこかで食事をして帰ろうか…ユキコもその方が楽だろう…」

別にケンジと食事をしても、いつも話題は仕事の話だけだ。つまらないのはわかっているけど、
つい頷いてしまう自分にため息がでる。


派遣社員としてケンジの会社にいったとき、二歳年下のケンジに何度か食事に誘われ、半年ほど
つき合っただけでプロポーズされた。

その頃、私はタシロとの関係も続けていた。恋人みたいなのに、恋人でない関係…そんな彼から
なぜか離れられなかった。

ライブハウスでピアノを弾いていたタシロは、私より五歳年上だった。短く刈った頭髪、どこか
深い憂いを漂わせた蒼い翳りのあるの瞳と頬… そして、整った口髭だけは、彼の自慢のものだ
った。

どこか寡黙でありながら、繊細すぎるほどのピアノを奏でるタシロ…そして、彼は、何よりも私
の前に跪き、私の脚にひれ伏し、私の鞭を欲しがる男だった。

でも… 私たちは、お互いの渇いた心を舐め合うことで、深く溺れていける関係にあったのも
間違いなかった。


「…もう、あなたとつき合って何年になるかしら…」

いつものSMホテルで、後ろ手に革の手枷をされたタシロは、私の言葉が聞こえないのか、私の
足元に跪き、黒いハイヒールの先端から、足首にかけてねっとりとした愛撫を続けていた。彼は
細身だったが、骨格はがっしりとした、引き締まった魅惑的なからだをしていた。



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