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天使に似たるものは何か
【SF その他小説】

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天使に似たるものは何か-9

「機能を停止させたんですか?」
 馬車が動き出して間もなく、死んだように眠るR・ミシェルを見て、R・ロビンはそう訊ねた。
「陽電子頭脳から感覚を切り離しただけだ。苦痛は感じなくなっているが電子頭脳は停止させるわけには行かないのでこの子の頭の中ではまだ混乱が続いている筈だ。いわばこの子は悪夢の中にいる眠り姫と言ったところだな…」
「その比喩的表現は私は好みません…」
「や、すまないね。茶化すつもりはないんだ…」
 そう言ってマクグーハンは苦笑した。論理的であるとか、全てを合理的に片付けようとする割には随分と感情が豊かなのだと感心したからである。
 とは言え、R・ロビンはそれっきり口をつぐんでしまい、マクグーハンもやや困惑した。不謹慎な冗談を言うわけにもいかず、気まずい沈黙が馬車の中を支配する。
 機械の馬のリズミカルな蹄の音と、車輪の回転に合わせてわずかに浮き沈みする馬車。雨音は静かに降り続き、鉛のように重い雲はいっこうに晴れる気配はない。
「こんな日に馬車に乗るといつも子供の頃の事を思い出すよ。僕はそれなりに裕福な家庭に育ってね、厳格な父と優しい母親がいて、僕はずっと日溜まりの中で暮らしているようだった。でも厳しかった父は僕を自立させようと全寮制の学校へ入れてね、六歳くらいから両親と離れて暮らすことになったんだ。それはそれでかまわなかった。両親が健在と言うこともあって、僕は寄宿学校でそれなりに楽しくやっていたんだ。ところがある日、休暇期間でもないのに僕は家に呼び戻された。父親が事業に失敗してね。その時に一人で辻馬車を拾って屋敷に戻ったんだが、それが丁度今日みたいな天気で、僕の陰鬱な気分を映しているようだった。そのまま僕はその寄宿学校へ戻ることはなかったけど、今でもその時の心細い気持ちは忘れられなくて、今日みたいな日に馬車に乗るとその時のことを思い出すんだよ」
「ご苦労なさったんですね…」
「いや、そんなことが言いたかったわけでもないんだけど…。何て言うか、誰にだって幼年期の終わりが訪れるが、それはあまりに突然で理不尽なものだ。それがオートマトンであっても、形が人間と違うだけで多かれ少なかれ誰もが経験する。R・ミシェルの場合は今回の件がそうで、自分の存在意義を否応なく突きつけられているんだ。それは不幸なことかも知れないが、それでも乗り越えなくてはならない。僕は勿論助力を惜しまないが、僕一人では力不足だ。だから君にも来てもらった」
「私に何ができるんです?」
「自分を心配してくれる人が側にいるだけで子供は頑張れるものなんだよ…。いや、非論理的だ、なんて言わないでくれよ」
 そう言って抗弁しかかるR・ロビンの口をマクグーハンは優しく閉ざした。今は言い争っている場合ではなく、マクグーハンに押し切られた形で不承不承、R・ロビンも納得する。勿論、R・ミシェルが心配なのは言うまでもない。
 彼女は機能を停止されたR・ミシェルの、柔らかな巻き毛を優しく撫でると、愁いを帯びた表情で小さな溜息を吐いた。
 やがて、馬車は郊外にあるカフラの宗教センターと辿り着いた。三人は人格バックアップセンターへと急ぎ、そこでR・ミシェルの人格の元となった少女、エインセルの人格と面会させてもらえるよう申請した。

「本来はあまり歓迎できない申し出なのですが、完全なオリジナルでなくてもかまわないのであれば、故人とお会いできるよう取り計らいます」
 応対に姿を現したバックアップセンターの職員は、わずかに渋面を作ってそう答えた。
「勿論、オリジナルを立ち上げてもらって致命的な情報劣化が起こるのはこちらとしても本意ではありません。ただ、我々はこの子に自分の人格の元になった人間がどんな人物であったのか、それを見せてやりたいだけなんです…」
「聞けば、故人の記憶が一部再生して人格崩壊を起こしかけているとか。同情はしますが、果たしてオリジナルの人格と対面させて良いものやら。クローン人間はオリジナルの人格と接触すると人格崩壊を起こすと言いますし…」
「現在の技術で造られたオートマトンの思考には柔軟性があります。旧来の人造人間とは比べものにならない。それに、もしこのまま放置して置いても人格崩壊は免れない。この子には自分の出自を理解してそれを乗り越えるしか助かる道はないんです」
 マクグーハンは半ば強引に押し切ると、死人との面会室へと向かった。旧時代の人間なら、死人との面会などと言うとおどろおどろしい装飾の部屋に魔法陣や薄気味悪い口寄せの老婆などを連想するがこの時代の霊媒室は無機質で簡素なものであった。
 白い壁の部屋でドアの対面の壁はガラス張りの制御室。室内は明るく、中央には平たい白い台が備え付けてあり、その中央には更に真鍮色の台。当然蝋燭や魔法陣などの類は一切見当たらない。
 ただ、何かに不安を感じるのか、R・ロビンは居心地悪そうな表情を浮かべ、マクグーハンの肘をきゅっと掴んでいる
『それでは故人を呼び出します…』


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