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天使に似たるものは何か
【SF その他小説】

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天使に似たるものは何か-1

 西暦2015年、科学の進歩は目覚ましく、百年の歳月を経て造られた最初の巨大コンピューター・ブレインからは、ムーアの法則を大きく上回る加速的な、驚異的な進化を遂げた。ブレインは自己を進化させ、やがてブレインと同等の能力を持つ人工知能を発生させた。その構造はもはや人類の英知の及ぶところではなく、そうした人工頭脳は人々に畏怖の念すら抱かせるようになっていった。そしてまた、それに伴い陽電子頭脳を搭載した人造人間オートマトン達は当初のティンカンマンのような風体からその容姿は人間に近付き、ぎこちなく、不気味な所作を見せなくなっていった。初期のオートマトンは似て非なる者の人工的な不気味さにより人々に嫌悪を抱かせたが、その仕草が人間に近付くにつれ、そうした忌諱の感情は完全なる者への嫉妬へと替わっていった。しかし、人造人間の利便性とその普及の早さからそうした感情は薄れていき、また自分達より優れた者を隷属する優越性から人々はその地上に現れた新たな種族を次第に受け入れていった。勿論、そうした負の感情が完全に払拭されたわけではなく、人々は深層心理の奥底にフランケンシュタインコンプレックスを抱き続けていたが、それもまた、アンドロイド工学三原則とそれに付随する数々の安全策によって普段は表面化することはなかった。何よりも、オートマトン達から得られる恩恵の方が、そうした感情を大きく上回っていたのだ。また、人間は魂のないものに自分の感情を映し、愛することもできた。それが人間に似ているのなら尚のこと、それが人間以上の美しさを持っているのなら尚のこと、そうした動く造形物に対する傾倒が、愛玩や崇拝に変化していったことは至極当然のことであったかも知れない。

 やがて、そうしたオートマトンの普及の中でセクサロイドが生まれた。彼らの多くはその需要から美しい男女の姿を与えられており、髪の中に在る細い廃熱用コンジット以外はほぼ人間と変わりはなかった。感情サブルーチンを有し、表情を変え、笑い、涙を流し、食物を接種する必要はなかったが咀嚼し、飲み下し、エネルギーとして分解してさえ見せた。勿論、男は陰茎を隆起させ、射精し、女性は愛液を滲ませて絶頂と共に飛沫を飛ばす。そうした慰安用のオートマトンは人々の生活に浸透し、家庭用、個人使用のオートマトンにまでそうした機能が普通に付くようになっていった。そしてまた、普及したとはいえ安価ではないオートマトンを各種試用する為、セクサロイドを集めた娼館すら生まれるに至った。娼館の種類は様々で、個人経営のレンタル店や、企業が自社製品宣伝の為に作った高級娼館まで存在し、人々はそうした娼館で美しい男性型セクサロイドや愛らしい女性型のセクサロイドに耽溺した。

 柔らかな巻き毛の少女、オートマトン、R・ミシェルもそうした娼館、ミモザ館と呼ばれる高級娼館に生まれた人造人間の一人であった。R・ミシェルはオートマトンの開発企業剣菱の試作セクサロイドで、十五歳の少女の姿と、感情をモデルに造られ、R・ミシェルと同型のオートマトンは直営の娼館二十軒にそれぞれ一体ずつ配属された。配属されたオートマトンは前後の記憶がないにも拘わらず人格が完成している。その為に娼館に来た少女達はまずそうした事に起因する人格崩壊を避ける為に特殊な教育を受け、自分達の存在を理解した上で水揚げの日を待つのである。R・ミシェルも例外ではなく、人間とオートマトンの違いやアンドロイド工学三原則などについて教えられ、やがて人間の男と床を共にする日を待ちながら暮らしていた。

「私達は一体何故生まれてきたの?」
 ある日、R・ミシェルは家庭教師のR・ロビンにそう訊ねた。R・ロビンは成熟した女性をモデルに造られた美しいオートマトンで、一線を退いてからは後進の育英に努めてきた。初期型ではあるが、開発当初はその美貌と人間味溢れる感情表現、動作に話題を集め、娼館でも売れっ子の娼婦であったが、時流の流れと共にその人気は次第に衰え、今では一部の好事家がコレクションするか、R・ロビンのように別の仕事に従事するか、或いは廃棄されるかで、その同型機は数を減らしていった。今ではR・ロビンも新型機の教育係としてすっかりと定着しており、既に何十年と経つが、R・ミシェルのように自分の存在を問い掛けるような新型機には初めて出会った。人間さながらに、美しい眉間に皺を寄せ、肩をすくめてみせるR・ロビン。
「R・ミシェル、あなたの表現は間違っているわ。私達オートマトンは生まれるのではなく、造られるのよ。そして、私達オートマトンは人間に奉仕するために造られた…。その為に、人間は私達の陽電子頭脳にアンドロイド三原則を組み込み、オートマトンが人間に危害を加えないようにしているの」
「では、窓の外にいる小鳥も、花や木も人間に奉仕するために造られたの?」
「いいえ、R・ミシェル。鳥や花や木は人間が造った物ではないわ。あれらは自然の生命で、私達は機械なの…」
「………機械。………私達は機械。私は…機械」
 虚空を見つめ、譫言のように呟くR・ミシェル。
 R・ミシェルはオートマトンである。生まれたときから人格は形成され、言葉を操る。しかし、本当の意味での言葉を知るのはまだこれからなのだろう。R・ロビンはミシェルの様子に当惑しながらも、そう自分を納得させた。


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