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天使に似たるものは何か
【SF その他小説】

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天使に似たるものは何か-8

「記憶の再洗浄が仮に成功したとしても、それは今のこの子を消してしまうと言う事じゃないですかっ!!人格崩壊が止められたとしても、それはこの子がこの子で無くなることを意味しているんですよ。そんなことが許されるはず無いじゃないですかっ!」
 マクグーハンは言葉に詰まった。入れ物が同じでも中身が変わればそれは別の物だ。アンドロイドの良き理解者と自負していたにも拘わらず、マクグーハンは目の前のアンドロイド少女を電化製品のように考えていた自分を恥じた。
「もしこれが人間ならどう乗り越えるっ!」
 自問するマクグーハン。他人の記憶が突然脳裏に割り込んできたなら。自分の存在意識がおぼつかないものとなったのなら。
 あれこれ思案すれど何も思い浮かばない。このまま手をこまねいていても無駄に時間は過ぎていく。焦燥感ばかりが募り、ともすれば乱れた麻のように絡まり、混乱する思考を懸命に何とか一つにまとめようと努力する。
「何らかの処置をするにしても、今夜のオークションに間に合わせられなければ意味がない。いや、それより、いつまでもこの子の精神が持たないだろう…。一体何か…」
 やがて、マクグーハンに一つの考えが浮かび、彼はロビンに緊迫した面持ちで告げた。。
「この子をセメタリーに連れていく…」
「何ですって?」
 突然のことに、思わず驚きの声を上げるR・ロビン。
「この子をセメタリーに連れていって、自分の人格提供者と対面させる」
「私達オートマトンは自我の崩壊を引き起こす可能性があるとして、人格提供者と接触することを禁じられています。そんなことはドクターの方がよく後存知の筈でしょう?」
「勿論だ。しかし、このまま放置していても人格の崩壊は恐らく免れないだろう。最悪の場合は記憶の再洗浄はおろか、欠陥品として処分されてしまうかも知れないんだ。それなら、自分の知らない記憶が誰の物なのかはっきりさせて、自分の力で克服させるしかないんじゃないか?トラウマを残す可能性があったとしても、この子が自分で自制を取り戻す以外に、この子が助かる道はないんだ…」
「それはそうなのかも知れませんが、だけど、リスクが高すぎます…」
「リスクが伴うのは他の選択肢も変わらないだろう?それに、この子がこの子として存続する為にはこれしか方法がないんだ」
「だけど、ミシェルの人格提供者は、いえ、オートマトンの人格提供者は極秘でしょう?いくらドクターでも…」
「それなら心配はいらない。彼女は自分がエインセルと呼ばれたと言っている。この子の年齢に近く、この子の開発時に他界したエインセルという少女を捜せばいい。あまりに古い人格バックアップだと情報の劣化が激しいし、保存状態の事を考えると数年に絞り込むことができる。仕事柄、セメタリーの人格バックアップに関しては情報がある。エインセルという名前も珍しいのですぐに見つかるさ。必要ならブレインにでも侵入してみるけど、まあ、今回はそこまでしなくても済むだろう」
「………こ、今回はって、それは非合法な行為ではないのですか?」
 呆れた表情を浮かべるR・ロビンであったが、マクグーハンは取り合わず、荷物の中から小型のパソコンをとりだすとキーボードを展開し、嬉々として検索を始めた。
 やがて、パソコンはエインセルという少女が眠っているセメタリーを弾き出す。
「これは、カフラの宗教センターだな…。そこの人格バックアップセンターにR・ミシェルを迷わす亡霊がいるようだ」
 そう言うとマクグーハンはミシェルを抱え上げ、R・ロビンを伴ってエディングトンの元へと事情の説明をしに行った。エディングトンは心底驚いた様子だったが、オークション当日にそれが中止になることを思えば、今は少ない望みに賭けようとR・ミシェルをセメタリーへ連れていくことを許可した。

 外は陰鬱な雨雲が重く垂れ込め、昨晩から降り出した雨が今も続いていた。その地雨の中、機械の馬が頭を垂れて客が出てくるのを待っていた。旧式のアンドロイドが御者として搭乗し、マクグーハン達が出てくると先んじて馬車を降り、恭しく扉を開けて三人を迎える。
『雨ガ降ッテオリマスノデ足下ニゴ注意ヲ…』
「ありがとう。カフラの宗教センターに向かってくれ。そこにある人格バックアップセンターに用がある」
 マクグーハンはそう言ってチップを御者に渡し、R・ミシェルを抱えたまま馬車へと潜り込んだ。しかし、R・ロビンは荷物を渡して馬車には乗り込もうとしなかった。
「あ、あの、それではその子をお願いします」
 そう言って戻ろうとするR・ロビンを、マクグーハンは呼び止める。
「待つんだ。君も一緒に来るんだ」
「しかし…」
「僕はミシェルを抱えていて荷物が持てない。それに、君はこの子に教育係として責任がある。そして何より、君はこの子のことが心配なのだろ?」
 逡巡するR・ロビンをそう言って説得し、強引に馬車に乗せるマクグーハン。実際、セメタリーでは何が起こるか分からない。そんな時にR・ロビンはR・ミシェルの支えになってくれる筈だ。そして、何よりマクグーハンが彼女を必要としている。


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