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刻を越えて
【SF その他小説】

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刻を越えて-6

坂本悠一偏(2)

生ぬるい風が吹いている。
いつもなら不快に感じるはずのその風を、しかし僕は感じる事ができない。
僕の肌に伝わるのは、目の前の男の殺気だけ。
「探したよ、・・・竹丸。」
笑いながら、彼は確かにそう言った。
「人違いじゃないか?僕は竹丸じゃない。」
さっきまで笑みを浮かべていた彼は、表情を一変させた。
「貴様、覚えていないのか。私は貴様が斬った数百の屍の一つに過ぎなかったということか。どこまでも愚弄するっ!」
そういう彼の言葉には明らかに怒号の色が含まれていた。
それに彼の言い様は、どこか古びた感じがあった。
ザッ
彼が一気に間合いを詰めてきた。そしてその勢いそのままに突きを放つ。
ヒュン!
紙一重でそれをかわす。
「ぐっ」
洩れたのは僕の呻き声。かわしきれていなかった。シャツが切れている。
少し出血もしているようだ。
「どうして僕をねらう?」
ギリ
返答は無く、伝わるのは歯軋りの音。
僕の問いかけは彼の怒りを強める結果となってしまった。
「貴様が言えることかぁっ!」
ザン
彼の剣筋が寸分違わず、僕の喉元を狙う。
竹刀で受けようとしたが彼が真剣を使っている事に気付き、僕はあわててのけぞった。
竹刀が斬られ、半分より少し長めになった。
ドク、ドク
心の臓がうるさい。だから心地良い。
汗が口元を伝って流れ落ちていく。笑みを浮かべた口元を。

―――― 喉が熱い
―――― 紙一重の攻防が、僕の血を呼び覚ます
―――― ヤツヲコロセ と 誰かが囁いた

「佐之介、貴様ああっっ!!」
僕であって、僕でないナニか。
深く、深い奥底で眠りにおちていたソレが目を覚ます。
「鬼がっ、目を覚ましたか!」
近づく二つの影。それを静止させたのは第三者の声。
「君たち、何をしている。」
警察官が声を響かせて歩いてきた。誰かが通報したのだろう。
「竹丸、近いうちに必ずお前を殺しにいく。それまでには思い出しておくのだな。前世の所業を、お前の罪を。」
彼はそう言い残して、夜の闇に同化していった。
「どうしたのかね、何があった?通り魔かね。」
警官が聞いてくる。
「いえ、古い知り合いですよ、・・・恐らくね。」
「そうなのか、喧嘩も程々にしておけよ。」
警官はいかにも興味が無さそうな顔つきで僕に言う。
「すいません。」
彼は帰りがてら、「最近は物騒になってきた、夜は気をつけろよ。」と忠告した。
静かな夜が戻ってきた。蝉の声も耳に届くようになった。
しかし、喉の熱は暫く引きそうにも無い。
「いや、あの頃よりは大分、平和な世の中になったよ。」
そう呟きながら僕は、家の玄関を開けた。


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