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『約束のブーケ』
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『約束のブーケ』-16




出発の日、僕が外に出ると暗闇の中、聡さんがバイクに跨って待っていた。

「準備できたか?」

「はい」

僕は持っていた荷物を腰に抱えて一礼する。
聡さんが親指で指した後部席に乗り込むと、頭にヘルメットを被せられた。
僕がそれをかぶり直してベルトを締めたのを確認すると、聡さんはハンドルを回した。
ドルン、ドルン。
重くて低い音が響く。
僕がお願いします、と言うと聡さんはバイクの向きを変えて発進させた。
時刻は8時30分。
夜の闇の中、スピードは上げバイクは駆けていく。

先日。
僕は高校を無事卒業し、当初の予定に沿って東京に移り住む準備を始めた。
音大への進学は前から決まっていたことだった。
僕は周囲への挨拶もそこそこに荷物をまとめると、早々に出発の日を今日と決めた。
駅で待つ夜行バスに乗り、この街に別れを告げる。
だけどその前にどうしてもやらなきゃいけないことがあって、それで無理を承知で聡さんに送りの足を頼んだ。
忙しいにも関わらず、聡さんはすぐ引き受けてくれた。
その事に対して僕は改めて礼を言った。

「何言ってんだ、今更」

頭の向こうから、聡さんの声が聞こえる。

「修輔の大事な日だ。お前が言わなきゃ、俺から送るつもりだった」

「でも…」

「いいからしっかり掴まってろ。振り落とされるぞ」

聡さんに言われて、僕は彼の上着を強く握った。
後ろから見ると、見た目以上に大きい背中だと感じた。
無数の石ころを蹴って、バイクは土手に差し掛かっていた。
ヘッドライトの光が斜面を照らしだし、夜風に晒された草木を映した。
まだ少し肌寒い3月の夜空は、澄みきった空気を僕の肺へ送ってくれる。

「時々は帰ってくるのか?」

「いえ、卒業したら向こうの音楽事務所に就職しようと思ってます。声を掛けてくれた所があるんです」

「寂しくなるな」

聡さんはそう言って、ため息を吐いた。
ほとんど一人で決めてしまったことだけに、こうして他の人に心配してもらえるというのは申し訳なく思ってしまう。

「明良もそう言ってた」

「はい…」

その名前に反応しそうな体を、押さえつけて僕は力ない返事をした。
明良と僕が顔なじみだと知られてからも、僕の方から彼女の名前を出すことはなかった。
聡さんは優しいから、きっと気を使わせてしまう。
彼も何も言わない以上は聞いてこなかったし、だから今までできるだけその話題は避けてきたのだ。
でも、たぶん、と僕は思う。
聡さんは僕の気持ちなんかとっくに気付いてるはずだ。
だけどそれ以上に明良の事も好きだから、何も言わない。
言えないことで苦しんでる。
それくらいのことが分かるくらいには、僕たちは同じ時間を過ごしてきたから。

明日、二人は式を挙げる。

その前に、僕はいなくなる。
だから今日じゃなくちゃ、駄目だと思った。


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