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『約束のブーケ』
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『約束のブーケ』-1

東京から深夜バスに乗り、懐かしい故郷の街並みが見えてきたのは午前五時を少し回った所だった。
大きめの旅行鞄には手帳と財布や、数日分の着替えなんかが入っている。
一週間を見越した滞在だったので荷物は自然と多くなった。
バスが着くまで寝ているつもりだったけど、なぜか目が冴えてしまって、持ってきていた読みかけの小説を、携帯の明かりで照らしながら読破してしまった。

やることもなくなり、暇を持て余していた僕は他の乗客に迷惑がかからない程度に、そっと窓を開けた。

朝日を顔に浴びながら、慣れ親しんだ風景に身を任せる。
太平洋から運ばれてきた潮風が寝ぼけた瞼によく染みた。
5年振りの空気を吸いながら、僕は昔の僕を思い出していく。
まだ無垢で、無知だった頃の自分へ。


ジャンクションを降りて一般道まで降りると、停留所に誰かが立っていた。
窓ガラス越しに窺っていた僕はそれとなく眺めていたが、その人影がこちらに気づいて手を振った。
顔見知りだということにすぐ気付いた。

「おかえり、修輔」

すっかり大人びて綺麗になっていた彼女は、僕の顔を見るなり嬉しそうにそう言った。
彼女の名前は吉葉明良。僕の幼なじみで、小さな頃からずっと一緒に過ごしてきた『友人』だ。

「ただいま、明良」

僕たちは人目もはばからずお互いの再会を喜びあった。
口に手を当てながら笑っていた彼女の左手には、指輪が白く輝いていた。





ある時、自分がどうしようもなくつまらない人間だと気付いた。
宝石がいっぱい詰まっていると思っていた宝箱には、何も入っていなかった。
心から声を出して笑ったり。
頭が痛くなるくらい悩んだり。
胸が掻き毟られたように悲しくなったり。
そんな当たり前の感情ですら、とても難しいことのように思えた。
だから中学校の卒業アルバムを初めて手に取った時、二度と見たくないとさえ思った。

そんな勉強も運動も友達付き合いも中途半端だった僕が、唯一他人に勝るものがピアノだった。
誰に言われるともなく始めたピアノは、気が付けばどんどん上達していって、地元のコンクールで優勝するくらいの腕前になっていた。
僕にとって、なくてはならないもの。
逆に言えば、僕にはそれしかなかった。
気持ちを人に伝えることが下手だったから、言いたいことはいつも音に乗せて届けた。

自分と世界を繋げてくれる、ただ一つの方法がピアノだったからだ。


僕が町のピアノ教室に通い始めるようになった頃、追いかけるようにして入ってきたのが明良だった。
母親は僕が習いごとをすることをとても喜んでいた為、近所の人に会うたびにそのことを自分のことのように自慢しまくっていた。
それに刺激を受けてしまったのが明良の母親だったと言うのだから、その当時は彼女に同情すら憶えた。
望んで教室に入った僕と、無理やり通わされることになった明良。
僕が最初に彼女のことを意識したのはこの頃のことだ。


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