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『約束のブーケ』
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『約束のブーケ』-15

苔の生えている手すりにつかまり長い階段を上った。
木のトンネルが階段を包み、太陽の光を和らげているからこの時間でも若干薄暗く感じる。
階段は所々落ち葉や枝が散乱していて、踏みしめる度にサクサクと音を立てた。
人の通らない道は、こんな風に荒れていく物だ。
都会の空気ばかり吸ってきた僕には新鮮で、どこか懐かしい。
下ばかり見て歩いていたせいなのか。
ふと、階段の途中であることに気づく。
葉っぱや枝が避けるように一列だけ細長く何も落ちていない箇所があった。
それは、生真面目に毎日そこだけを通ってできたような、誰かの足跡だった。
チクリと刺すような痛みが僕の胸を襲った。
右手でシャツを掴んでそれを抑える。
鼓動が少し早くなっていた。
僕は大きく息を吐いて、深呼吸した。
幸い、前を歩く透には何も悟られずに済んだ。

階段を上りきった先に小高い丘がある。
視界は開けて、その向こうには海岸線。
見晴らしのいい場所がいい、とおばさんが言っていたからだと思う。

「それ」は他の物と比べて一番高い場所にあった。

柵に囲まれた水道で水を汲んで上に向かう。
途中で降りてくる人とすれ違った。
軽く会釈して僕と透は更に上を目指した。
長いスロープを抜けて一本杉の下、辿り着いたその場所に先客がいることに気づく。

「…明良?」

僕は問いかける。
しゃがみ込んでいた明良は振り返ってこちらを見た。
腫れた目元を押さえるようにして。

「今日も来てたんですね?」

透が聞くと、明良はうん、と頷いて目線を戻した。
僕らも改めてそれを見た。

「先生を、綺麗にしてあげなくちゃいけないから」

先生と呼ばれたその墓石に、明良はそっと手を添えた。

吉葉明良。
旧姓、桜井明良。
彼女の最愛の人、吉葉聡は今もここで眠り続けている。





その話を初めて聞いた時、僕は正直驚きを隠せなかったと思う。

だけど、ほんの少し考えればすぐに分かったことだった。

聡さんが教育実習でどこに赴任していたのか。

そこで何があったのかまでは知らないけど、二人が恋仲になるのにはそう時間は掛からなかった。

もともと、親同士仲の良かった僕らは家族同然の付き合いで、本当の兄妹のように育てられた。

明良はどちらかと言えば学校の成績はよくない方で、体も周りの子と比べてあまり大きくはなかったから、だから余計に僕がしっかり見なきゃと思っていたんだ。

その明良に大切な人ができた。

僕が抱いた感情は、自分でもびっくりするくらい晴れやかだった。

ずっと孤独な人生を歩んできた。

たった一つの光は明良だった。

彼女が幸せになる。

その相手が聡さんだと言うなら、僕が不満をぶちまける要素なんてどこにある?

誰からも愛された二人。

これ以上ないカップルにさえ見えた。

明良が聡さんの話をする時、その笑顔が一際輝いて見えた。

僕はそこであらためて気づく。

明良がこんなにも、魅力的な女の子だったことに。



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