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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-156

 所内の廊下を歩いていると、そこかしこに設置された監視カメラが、エリックを追うようにレンズを向けた。カメラには銃身がセットになっていて、恐らくマイクのようなものもついている筈だ。これはナインの『目』や『耳』であると同時に『手』でもあるのだろう。何度か跨いだ、作業服を着た所員らしき人間の死体や、警備員だったらしく武装した死体の幾らかは、こうして天井に設置されたナインの『手』によるものだと銃痕が語っていた。
『散らかっていてすまないね、作業ロボットの生産が進んだら綺麗にするからそれまでは少し我慢してくれよ』
 所内放送用のスピーカーから、ナインの声が響く。この変電所内の通知手段として使用されていたスピーカーが、不法占拠者の個人連絡手段に使われているのは哀れを誘う光景だった。
「……」
 エリックはコメントを差し挟まずに、ただ歩を進めた。気が滅入っているのか逸っているのかは本人にも定かではない。程なく、管理室のプレートが目に入った。変電所全体の管理室に相応しく、変電所内の中心近くに位置している。
 エリックに反応して開いた管理室のドアの向こうには。モニターの並ぶ管理デスクの椅子に腰掛けたナインと、椅子にワイヤーで拘束されたアリシアが居た。そしてクリスの眠るCS装置が、部屋の隅に置いてある。
 ナインはエリックが部屋に入ると、椅子をくるりと回して向き直った。その図だけならば、背伸びして大人の真似をしている子供のようにも見えるが、内情を知っているエリックの目にはただおぞましく映っただけだ。
「来たね。ようこそ我が家へ、という所かな」
「それで、治療はまだか」
 笑みを浮かべるナインからCS装置に目を移し、にべもなくエリックは言う。今更ナインと馴れ合うつもりはなかった。
 そんなエリックの様子にも、ナインは怒るでもなく苦笑して見せる。
「そう焦らなくても既に取り掛かってるさ。少し時間はかかるがね」
 ナインの言葉にCS装置に歩み寄ってみると、なるほど確かに以前はついていなかった妙な金属性のボックスが取り付けられている。耳を澄ませばCS装置からは異音のようなものが聞こえるし、何らかの作業はしているのだろう。
エリックのイメージからするとナインが直々に治療行為をするのかと思っていたが、考えてみればナインがわざわざ自分の体を使用しなくても遠隔操作でなんとでもなる話だ。ここの占拠だって、子供の体を使っているナインが自分の手でやったという訳ではないだろう。
「……どれくらいかかる?」
 安堵しようとする気持ちを抑えて、エリックはとりあえず一つずつ疑問点を潰す事にする。
クリスの治療さえ終われば、こんな所はさっさと引き払ってしまうに限るのだ。責任をとってナインを止めるという選択もあるだろうが、それにしたってその前にクリスを安全な場所まで避難させなければならない。
そしてそもそも。このままクリスが治療されるかどうかについても、まだ疑っていなくてはならないのだ。事ここに至って治療に失敗するだとか、そもそも治療なんて本当はしていないとか言うようなら、最後にナインに目にもの見せてやらねば気がすまない。
かといって、それを判断する軸がナインの言葉なのは情けない限りだが。
「そうだね、まずは最低限の修復をしてからコールドスリープを解いて破損部位の治癒促進をしないといけないから……一週間程かな。自然治癒に任せられるようになるには」
 エリックの警戒に反して、ナインは大した事でもなさそうにすらすらと喋る。殆ど死んでいるといってもおかしくない人間の蘇生とは思えない治療日数だ。
 制御しているナインがこうでさえなければ、このナノマシン技術は人類の財産と成りえたのではないだろうかと、エリックはやるせない気持ちになってしまう。
「…………そうか」
 明るい見通しを語られ、現状ではナインの言葉を信じる他無いエリックは、毒気を抜かれたような思いだった。ほっとしそうになる、いや、ほっとしたくなっている自分を、エリックは自覚した。しかし、まだまだそれは許されない。
 自分で自分に不安を植えつけなければならない期間はまだまだ続くのだ。
「アリシアは、どうしてそんな状態に?」
 自分を戒める意味もこめて、エリックは囚われの状態となっているアリシアに目を移す。
 アリシアは俯いていたが、話題が自分に移ったからか目だけでエリックを見た。部屋に入ってからクリスの事が気になっていたので気づかなかったが、何やら憔悴しているのが、相変わらずの無表情からでも見て取れた。元々精力的な人物ではない事は知っているが、普段ならば顔を向ける程度の事はする筈だ。
「あぁ、途中までは普通に連れて歩いていたんだがね。警備員の銃でも拾ったのかいきなり発砲してきたから、手足を撃って暫く無力化したのさ。その後施設を制圧したから、此処に持ってきてくくりつけたんだ。ほら見てくれよ、ここを撃たれた」
 思い出したとばかりに言いつつ、ナインは着ているぶかぶかの白衣を少しはだけて肩を露にする。鎖骨辺りがエリックの左腕と同じく、白い布のようなもので覆われていた。つまり、治療中の傷口だという事だ。しかしエリックにとっては、ナインの傷などそれこそどうでも良い事だ。
「撃ち抜いて……?」
 思わず聞き返して、アリシアの手足を見遣る。ワイヤーで後ろ手に縛られた手は、手首から手の甲にかけて白く覆われていた。見れば履いている靴にも、不自然に白い部分がある。注視すれば、服に血の様な汚れがついている事も確認できた。
 ようやくエリックは、アリシアが憔悴している原因がハッキリした。しかしスッキリなどするわけもない。かつてアリシアの腕を打ちぬいた時の、彼女の体の強張りが、エリックの体に蘇る。思い出すだけでも、胸が悪くなるのを止められなかった。
 そしてそれ以上の事を平然として、話してのけるナインに嫌悪感を覚える。いくら身勝手だと解っていてもだ。


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