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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-157

「貴様……」
「ん? ああ、なるほど」
 怒りの表情を向けてくるエリックに不思議そうな顔をしたナイン。しかし先ほどエリックが見ていた先にアリシアが居るのを見て、得心がいったような顔をした。
「ほら、ちゃんと見れば判るだろう? ちゃんと直してあるから死にはしないよ」
 エリックが何故怒っているかなど判らないのだろう、馬鹿にするように首を竦めるナイン。壊れたら直せば良いだろうとでも言いたげな様子は、エリックを更に苛立たせる。
 それは事の重大さを判っていないナインへのもどかしさか、そしてそんなナインと同類の自分への嫌悪か。多分両方だった。
「それに……ほら、痛かったんだぞ」
 ナインが治療中の鎖骨辺りをなで付けながら、不機嫌そうに言った。
 それはアリシアを銃撃した事を非難された事に対する言い訳というよりは、自分の傷を無視された事に対する不満のように聞こえて。
 その様子に、エリックの中で違和感が生まれた。ナインの不機嫌な様子など、そうそうあるものではない。以前トレーラーの中で、体に不具合があると言った時くらいだろうか。
「お前でも痛いのか?」
 疑問が口をついて出た。
言いながらエリックは思う。よく考えてみれば、傷口を見せてきた時点でおかしかった。心配して欲しがっているようにも聞こえる言動は、ナインのイメージには合わない。少なくとも、エリックに弱みを見せるような事を言いそうにはなかった筈だ。
「ん? ああ……まぁね」
 聞かれた途端、歯切れを悪くするナイン。どうにも様子がおかしかった。
「以前、このボディから伝わってくるパルスについて話したろう? どうにもボディに馴染むにつれ、パルスの内容がダイレクトに……いや、違うな……」
 イツアスに入る前に、人間にすると痒みに相当すると言っていたものだろうか。どうにも要領を得ないナインの様子に、エリックは訝しげに眉を寄せる。
「おい、やはり調子が悪いのか?」
「いや、機能に支障をきたすような問題じゃないんだ。忘れてくれて良い」
「……そうか」
 ここまできて全てが水泡に帰すのはごめんだと気が気ではないエリックだが、ナインがそう言うからにはこれ以上聞いても無駄だろう。
「それで、アリシアはどうする」
 不可解なナインの様子には一旦目を瞑ろうと、エリックは話題を換える。
「どうする?」
 何か別の事を考えているのか、気もそぞろのナイン。とは言え、今はナインにばかり構っても居られない。
「消耗しているようだし、休ませてやらないと。そうやってずっと縛り付けているわけにもいかないだろう」
「そこに寝かせて置けば良いだろう」
「馬鹿を言うな、きちんと休養させるならベッドが必要だ。それとこれはアリシアに限った話じゃないが、食料なんかも要る」
 話している内に気づいたが、やらなければいけない事は割りとありそうだ。少なくともクリスが自己治癒でなんとかできるようになるまでの一週間は、此処に居なければならない。
 アリシアが心配なのは勿論だが、エリック自身の生活環境も整えなければならない。先ほどのやり取りからして、ナインに任せていてはその辺りの配慮は望めないだろう。
「ふむ、なるほど」
 エリックの心配どおり、今初めて思い及んだとばかりにナインが呟いた。
「判った。ひとまずソレは宿直室の何処かに入れておいてくれ。お前も適当な部屋を使うと良いよ。他の事は追々手配しよう」
 いまいち信用ならないが、とりあえずの方策ができただけでも良しとしなければならないだろう。ナインの言葉に伴って束縛から開放されたアリシアに、エリックは歩み寄る。
「おい、大丈夫か」
 開放された途端に力なく椅子から崩れ落ちそうになったアリシアだったが、心配したエリックが支えるまでもなく、デスクに手をつき立ち上がる。
「ご心配無く。自分で歩けます」
 明らかに無理をしているようだが、かといって無理に構うのも躊躇われた。
「……宿直室は此処を出て左に真っ直ぐ行った辺りにあるからね」
 エリックとアリシアに興味を失ったのか、それとも何か考え事でもしているのか。ナインはくるりと椅子をモニターの方に向けて、背中越しに声をかけてきた。
「ああ、判った……と」
 ナインの様子を気がかりに思いながらも返事をしていると、アリシアは既に部屋を出て行こうとする所だった。その足取りは意外としっかりしている。
 ほっとするやら焦るやら。とにかくエリックはその後を追うのだった。


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