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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-152

「…………」
 別に嘘を吐かれた訳でもないが、なんだかペテンにかけられた感がしたエリックは苦い顔をしてしまう。
『さて、そんな事はどうでも良いから早くこっちに来てくれないか。何やら此処に襲撃をかけようとしているグループが居るのでね』
「……了解」
 自分が気になっている事をそんな事扱いされた事に鼻白むやら、住民の避難はどうするかと懊悩するやら。言いたい事も考えたい事も幾らでもあったが、とりあえずエリックはその全てを放棄してナインの元……変電施設へとベルゼビュールの歩を向ける。
 益々ナインの従順な兵隊となっている自分には嫌気が差すが、クリスを治療して貰えるかどうかはナインの気分次第なのだ。腹立たしいし情けないが、今はとにかく従うしかない。
 そう、全てはクリスの為なのだ。
住民の避難はグレゴリー達にでも任せれば良い。
エリックは余計な事を考えては居られない。考えてはならない、と。自分に対して枷をはめる。それが自責から逃れようとする心の顕れであっても、今のエリックには必要な事なのだ。
「それで、襲撃をかけようとしている勢力についての情報はあるか?」
 思考の整理を行いながら、エリックは問う。自分の意識を向ける場所を作るために。
『あぁ、どうやらジュマリアの残党らしい。ついさっきお前と通信していた機体が所属している勢力だね』
 毎度の事ながら、大した事でもなさげにナイン。
 いや、実際大した事ではないのだろう。ナインにとっては勿論……エリックにとっても。
 どうせ相手が誰だろうと、指示されたことをやる他無いのだから。
「判った。まずはそちらに合流する」
 余計な事を考えてはいけない。エリックはもう一度自分に言い聞かせる。
『ナノマシン散布に同調してネットワークを復旧、掌握した。索敵もしておいたから、ナビア軍及びジュマリア残党の位置情報も送っておくよ』
 ナインの声でサブモニタに目をやると、確かにマップにいくつかの光点があった。ついでにチャンネルを合わせる事で、復旧したナビア軍の軍事ネットワークにもアクセスできるようになっている。ジュマリア残党に関しては元から既存の通信インフラを使ったネットワークが構築されていないようで、チャンネルは存在しないようだ。
『ネットワークの復旧と同時に、ナビア軍の方は撤退を始めている。変電所に来る途中に居るのはジュマリアの残党くらいだろうね』
 ナインの言葉を裏付けるように、青く点滅するマップの光点が市外区から郊外の方向に向かっていく。残るは、赤い光点。変電所までのルートに、数体ずつ固まっているようだ。
「……つまり、変電所に行かせるなという事か」
 先ほどまで情報だけ渡してほぼ放置だったナインが、わざわざ敵戦力の状況まで説明する。その丁寧さに言外の意図を読み取ったエリックは、うんざりとしながら言った。
 人工知能如きの分際で小癪なものだ、とは思っても口には出さない。口に出せば、ナインの機嫌を損ねるかも知れない。
こうやってナインの顔色を窺う自分は、もう人間以下の存在に違いない。そんな考えがエリックを憂鬱にした。だが勿論、そんな気分が状況を好転させる訳もなく。
『私は作業しながら見てるから、用があったら呼んでくれ』
 ナインが相変わらず気楽に言って会話を終了する。自分の行動をながら見されるのは癪に障るが、そうも言ってはいられない。
 エリックはマップの光点に目をやると、変電所に向かうルートを頭の中で構築し始める。
 と、その時だった。サブモニタのアイコンが、グレゴリーからの通信を知らせた。さっきまでのように直接通信を送ってきているわけではなく、簡易構築された小規模共有回線だ。
 すぐに繋ごうとしたエリックだったが。
「ナイン、邪魔するなよ」
 予め、ナインに釘を刺しておく。
『くく、判ったよ』
 いまいち信用ならない口調ではあるが仕方ない。エリックは諦めると、通信を繋いで共有回線に接続する。
『こちらグレゴリー。どういうことだ、攻撃開始はもっと後の筈だろう?』
 開口一番、非難するようなグレゴリーの声がスピーカーから響いた。先ほど自分がナインにした質問をそのまま向けられて、エリックは自業自得ではありながらもうんざりとした。
「……それについては情報が不確実だったようだ、すまんな」
 弁解したい気持ちもあったが、それも時間の無駄にしかならないだろう。手早く謝罪してから、エリックは質問に移る。
「そちらの状況はどうだ?」
『……歩兵は粗方やられた。住民を避難させる為のトレーラーは避難所で避難活動中だ』
 グレゴリーは思う所もあったようだが、質問に答えた。時間を無駄にしたくないというのはエリックと同じようだ。
『さて、これからの話だが』
 一息ついて。スピーカーから聞こえる声は、些かの緊張と共に続ける。
『俺達はこれから変電所に突入して粒子散布を止める』
「……」
 勿論、予想通りのことではある。これを止めろと言われていた筈だ。ともかく、ナインにはこの攻撃の阻止を指示されている。
「先に、住民の避難を手伝う事はできないか?」
 恐らく望み薄だろう。尋ねながらエリックは既に、答えに期待する事を止めていた。フットペダルを操作し、ベルゼビュールの足を変電所に向ける。


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