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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-151

 第五七話 《変後暦四二四年三月八日》


 ハラリハラリと、粉雪のように舞い散る粒子の中を、ベルゼビュールが疾駆する。そのコクピットでペダルを踏むエリックには、何かの考えがあるという訳でもない。
『警告する! 今降っている粒子を吸引するな!! 屋内に避難するか、ガスマスクを着装しろ!! 繰り返し警告する……』
 ただ警告を外部スピーカーで流しながら、シェルターを目指しているだけだ。
ナノマシンが散布されてからこちら、グレゴリーとの通信はつながらずない。住民の避難を行っていると言っていたが、この短時間の間に、しかもナノマシンを通さない密閉状態で救出を行うなど不可能だろう。
 まずは自分で、シェルターの状況を見る必要がある。エリックはそんな思考の下に、ベルゼビュールを走らせる。
「くそ……くそ、くそ……っ!」
 外部スピーカーに繋がるマイクに拾われる事もない音量で、エリックは毒づく。
「どういう事だ……!」
 エリックは歯噛みしながら、ナインとの回線を開こうとする。だがナイン側からの応答はなく、連絡がつかない。
「くそ、グレゴリー達に協力を…!」
 なんとか冷静さを保ちながら、グレゴリーへと再び通信を試みる。だが、グレゴリー達にも通信が繋がらない。
 もしやと思い、市民ネットワークに繋いでみる。だが流れ込んでくるのはノイズのみで、意味のある音声や映像等は全く無い。もはや間違いなかった。これはレアムと同じ状況。先ほどのグレゴリーは通信を切断したのではなく、ナノマシンによって通信が妨害されていたのだ。
「……どうしろと言うんだ……」
 ナノマシン散布が始まるのはナインの充電が終わってからの筈で、エリックもそのつもりで行動していた。今からでは、住民の避難など間に合う筈が無い。 呆然とモニタから流れてくる光景を見つめる事しかできない。
ナノマシンが、チラチラと雪のように降り注いでいる。雪景色にも似た光景の中で、ベルゼビュールが立ち尽くしていると。
突然。建物の影から、ナビア軍と思しき兵士が一人倒れ込むように飛び出してきた。
「っ!」
思わずベルゼビュールに武器を構えさせたエリックだったが。兵士はただ咳き込み、陸に上げられた魚のようにジタバタともがいている。
「…………」
 呆然とその男に向けられていたベルゼビュールのカメラアイを、その男が見た。モニター越しに、血走ったその目がエリックの目と視線を結んだ。
 陸に上げられた魚のように、パクパクと開閉させていただけの口が。言葉を発しようとしたのか、何かの形をつくろうとして。
そこまでだった。
 意識を失った兵士はガクリと頭を垂れ、それきり動かなくなる。恐らくこれと同じ光景が、街の至る所で繰り広げられているのだろう。
「……ぅ……」
 自分の犯した罪をまざまざと見せ付けられた気がして、エリックは自身の体が内から冷えていくのを感じた。
 今までに生身の兵士を殺した時にあった感覚に似ているが、それとも違う。先ほどベルゼビュールの周りで群集が蹴散らされた時に感じたのと同種のものだ。自分に歯向かう力も意思も持たないものが、目の前で死んでいく。その原因が自分にあるという恐怖。
「ちくしょう!」
 叫んで、エリックは自動修復のほぼ完了したベルゼビュールを走り出させる。
今からでもできる限り、住民を避難をさせる為に。と言えば立派だが、実際はただジッとしている事に耐えられなかったのだ。幸い脚部の自動修復はほぼ終了したらしく、走行に問題は無い。勿論、その事に喜んでいられるような状況でもなかったが。
「避難準備は整っているのか? そもそも本当に別働隊が動いているのかどうかすら…くそ、今から行動して間に合うのか……!?」
 ベルゼビュールを走らせながらも頭は疑問で埋め尽くされ、エリックは煩悶する。住民を避難させるどころか、街の至る所に転がっている兵士や民間人の一人として、エリックには助けられないのだ。
 エリックの思考は、絶望から逃れる為の気紛らわしにも近く。そんな投げやりな姿勢で妙案が浮かぶ筈もなかった。そしてそれを自覚しているからこそエリックは更に苛立ち、思索の泥沼へとはまり込んでいく。
 そんなエリックを乗せて避難所の方角へ走っていたベルゼビュールだったが。
『ご苦労だったね、そっちはもう大丈夫だ。変電施設に来てくれ』
「ナイン!? 貴様……っ……」
 突然響いたナインの声に、足を止めた。
 よっぽど怒鳴りつけたい思いのエリックではあったが、無闇にナインを刺激する訳にも行かないと思い直し、自制する。
「……一体どういう事だ。攻撃開始はまだ先の筈だろう?」
『そんな事は言っていないね。私は充電完了までの予測時間を言っただけだよ』
 つまりは、充電開始と同時にナノマシンの散布を始めているという事らしい。早合点という言葉では片付けられない失態だ。


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