第18章-1
震える手でPCをシャットダウンし、慌てて服を着ると、家に戻った。
転げるように2階にたどり着くと、沙良の部屋の前で創が立っていた。
『創…くん…』
『さーちゃん、気持ちよかった?』創が首を傾げて穏やかにそう繰り返す。
呆然としている沙良の右手首を掴んで沙良の部屋に引っ張り入れると、創は沙良を抱きしめた。
沙良は一言、『どうして…?』と問うた。数々の疑問をすべて含んだ問いだった。
『さーちゃん、好き。俺のものになって…?』力強く抱きしめて身動きできないようにしてから創は耳元ではっきりとそう告げた。沙良は心臓が飛び出しそうになるのを感じた。
暫らくして少し体を離し、沙良を見つめると、悪いことをしてお説教を覚悟した子供のような不安な表情で、創は『全部、俺。俺が登録もあの動画の投稿もした』と告白した。
『…どうして…?』沙良にはそれ以外の言葉が見つからない。
『あの男と別れて欲しかった。さーちゃんの恥ずかしい写真をさーちゃん名義でサイトにアップしてそれをあいつに送れば、あいつ、絶対キレて別れてくれるだろうと思った』
『俺は、ずっとさーちゃんが好きだった。さーちゃんも俺が好き…だよね?』創に顔を覗くように訊かれて一気に顔が赤らんだ。
『…隠せてると思ってたの…?さーちゃんて考えてることが丸わかりなんだよね。』そう創は微苦笑した。
『え…』
『だから俺…、さーちゃんの旦那のことはいまいち憎み切れないんだ…。だって最初からさーちゃんはあの人のこと何とも思ってなかったじゃない。プライドの高いあの男のことだから、どれだけ好きでもさーちゃんに触れる気になれなくなったんじゃないかと思うんだよね…。外に女作ったのも…だからちょっと理解できる。まぁさーちゃんの預金引き出したのにはさすがに呆れたけど…。でも俺も人のこと言えないし…はっきり言って俺のやったことも犯罪だから…』
創は項垂れた。
『私…私ね…最初怖かったし腹も立った。でも途中から…それ以上何も起こらない、自分が踏み出さない限りそれ以上のことが何も起こりそうにないことが判って…。あのサイトだって初回のパーティ参加に関しては半強制的だったけど、それ以降のことは私の意思だもの』はは…と少し自嘲気味に笑った。創をじっと見つめて、『こんな“変態”の叔母なんかで、いいの…?』
『大好きだよ…さーちゃんはさーちゃんだ…。それを言うなら俺だって女の子にあんなもの着せてヤる変態だ』
沙良が見たのを知っていたのか…?ああ…そうか…。自分は表情が“丸わかり”なのか…。
『…創くん、つきあってる人は、いないの…?』沙良は思わず不安げにそう質す。
『あ…。あのコ達のことは…興味ない。全員さーちゃんだと思って抱いた。残酷な離しだよね…ごめんなさい…もうしません』懺悔のようにそう告白する。
あの“ボディスーツ”にはそんな意味があったのか。
創についばむような口付けを繰り返され、沙良は頭も体も熱くなってくる。
『…半年前、あいつがさーちゃんの預金をネコババしてるのを知った時、俺、これはチャンスだと思った。やっと状況を変えられるかも知れない…って…。だけど、ネコババがバレた程度ならあいつもさーちゃんと別れてはくれないだろ?だから、タイミングを計って決定的なブツを用意しようと思った』幼い口調で創が事の次第を説明する。沙良が巽から連絡を受けて外出したのを知った創は、時が満ちたのを確信し、沙良の緊縛写真を紘一郎にメールしたのだった。
『あの最初の投稿動画もそのために…?』沙良がそう訊くと、創は浅く頷いて、
『あれは…保険。SM倶楽部なんかさーちゃん参加してくれないだろうから、もしあのパーティをキャンセルされたら最初の投稿動画をあいつにメールしてやるつもりだった』
でも初夜の時、創はまだ8歳だ。
『あの動画はどうやって手に入れたの…?』
創は浅いキスに我慢できなくなったのか、沙良の口を塞いで恐る恐る舌を入れてきた。沙良はそれを受け入れてしまう。
口内を確かめるように創の舌が這い回る。
『んふ…ん…っ』夢にまで見た創の口づけに沙良は体中の力が抜けていく。
その変化を気取った創は、沙良をベッドに腰かけさせ、自分も隣に座る。
『あの動画はあいつのPCから盗んだんだ。あいつのことだ、あれ見てオナってたんじゃないの?』紘一郎のことに話が及ぶと創の表情は侮蔑と嫌悪を含んだ表情になる。
『俺、さーちゃんを俺のものにできる何か…何でも良いから取っ掛かりがずっと欲しかった。それで…、さーちゃんとあの男のPCを俺の持ってるサーバー経由にして、二人のネット通信を覗けるようにしてた…あ…でもそれももう元に戻したから…。さーちゃんのPCも、あの男のも…』申し訳なさそうに創が告白する。
…どうしたらそんなことが出来るのか、たとえ創から詳しく訊いても沙良には恐らく理解できないだろう。怒りは全く湧いて来なかった。創は軽々しい好奇心からやったのではないのだ。そのお陰で自分は紘一郎という、長らく自分を閉じ込めていた檻から開放されたのだから。