続・聖夜(後編)-4
私はその墓地をあとにすると、K…教会の広場へと歩いていく。
聖女と呼ばれたS修道女が眠るというその教会は、薄いピンク色の大理石で造られ、優雅な趣を
湛えていた。広場の一角には、あざやかに咲き乱れるゼラニウムの花に覆われた花壇が、まぶし
い陽光を浴びていた。
私は中世の趣を残した街の路地を抜け、石畳の坂を下りていく…。
死後、聖人とされたF修道士が眠る荘厳な造りをしたサン・F…教会の広々とした芝生の広場へ
と出る。高台の広場からは、なだらかな丘陵から広がるウンブリアの田園風景が遠い地平線まで
見わたすことができた。
この街で数百年も以前に、S修道女はF修道士を慕い、天に召されるまで彼女は彼との共通の思
いを持ち、共通の生き方をすることで、愛し合い、心を通わせ合う生活を送っていたという。
ふたりの関係を男女のものと邪推するには及ばない崇高な愛がそこにあるという。
でも、そのことに対して、私はなぜか冷めきった自分を感じていた。
いったいどこにそんな崇高な愛があるというのだろう…神に抱かれた愛…神に向かわざるえない
愛が、私にはどうしても虚妄のようにしか思えてならなかった。
そう思ったとき、私の母が、決して私の父親だと伝えなかった、あの神父の顔がふと脳裏に浮か
んだ。
翌日、私は、K…氏と母麗子が旅行で訪れたというフィレンツェへと列車で向かった。
穏やかに流れるアルノ河と赤い煉瓦色の古い街並みを背景に、大きな伽藍をした花の大聖堂の
広場を抜け、ふたりが肩を寄り添って歩いたというヴェッキオ橋の上でふと立ち止まる。
若い母の面影が澄みきった青空に浮かぶ。ここに来た母麗子の心は、そのときも、まだあの神父
との愛に揺れ動いていたのだ。
そして、母麗子があの彫刻を見るために訪れたという、ミケランジェロ公園の裏手にある教会へ
と、私は足を運んだのだった。
人気のない林の静寂の中に佇む教会の中は、外とは違う無機質の冷気が漂い、暗い身廊が灰色の
光に澱み、洞窟のよう奥深さをもっていた。
色褪せたフレスコ画で彩られた薄暗い礼拝堂の中を歩き進むと、母が見たその彫刻は、側廊の
中程の列柱の奥に置かれてあった。
その褪せた色をした大理石の彫刻が、ピエタ像と言っていいのかよくわからなかった。
慈愛に充ちた美しい女性が、横たわるように死んだ若い男の裸体を膝に抱いている彫刻だった。
その彫像は、遠い時間の窪みに沈み込んだように、仄灯りの中で妖しい陰翳に縁取られていた。
穏やかな表情をした女性の細くなだらかな眉と深い慈しみに充ち溢れた瞳、そして精細な鼻筋は
どこまでも清らかでありながらも、ふと私は、死に絶えた男性を抱いた女性のからだに、抑制さ
れた肉惑的な性を感じた。