性そして生命-1
ゴソッ―――――。
玄関のドアポストに新聞が差し込まれる窮屈そうな音で、三田村真吾はハッと我にかえった。
いつの間にか夜が明けていたらしい。
ふらつく頭を掻きむしりながら立ち上がって辺りを見渡すと、カーテンの隙間から差し込んだ弱々しい朝日が、マンションの殺風景な壁を薄く照らしている。
肉体的にも精神的にも疲労はピークに達していたが、眠れるような心理状態ではなかった。
時計はちょうど5時半をまわったところだ。
もう夜明けだと知った途端、昨日から着たままの汗くさいワイシャツが、急に欝陶しく肌にまとわり付いてくるように感じられた。
全身にみっしりと詰まったけだるさと戦いながら、既に緩めてあったネクタイを首から抜き取る。
シャツのボタンを外し、袖を抜こうと腕を延ばした時だった。
手首の内側にひりつくような嫌な痛みが走った。
「……っ…てっ……」
手首を真っ直ぐ横切る数本のロープの跡。
昨日の淫靡な記憶が一気に呼び覚まされ、背中がじわりと熱くなった。
「……あいりちゃん……」
その名前を口にするだけで、身体の奥にあるほの暗い欲望がズキリと疼く。
二人の男に手足を拘束されたまま、三田村の操作するバイブレーターで潮を吹きながら絶頂に達したあいり。
あの瞬間、三田村の頭の中は、あいりを犯したいという欲望ではち切れそうになっていた。
椅子に縛られたままのあいりに、猛り狂う己の欲望をぶち込んで、壊れるまで突き入れてみたい。
そして、誰にも言ったことのないような卑猥な言葉を浴びせながら、ありとあらゆる方法であいりを凌辱したい。
その劣情だけで思考回路が埋め尽くされていた。
今まで自分が何人かの女と経験してきた平凡なセックスが、急に形だけの虚ろなものに感じられていた。
慶子のことは完全に頭から消えてしまっていたと思う。
単純な性欲というわけではない。
自分の肉体が繋がるべき運命の相手は、この世であいり以外考えられないと、その時は本当に感じていたのだ。
―――これは、一種の恋愛感情なのだろうか?
しかしその心理状態は、慶子と付き合っている時にずっと感じていた、穏やかで温かいものとは程遠いように思えた。
「俺は……どうしたいねん……」
込み上げてくるどす黒い感情を振り払うように、脱いだシャツをくしゃくしゃに丸めて床に叩きつけた。
「………あかん………」
昨日を境に、自分の運命は大きく変わってしまったと思う。
―――いや、本当は随分前から事態は進行していたのに、自分だけが何も知らずに、のんびりと過ごしてしまっていたのだ。
溜まりに溜まった膿のようなおぞましい現実。
それを一度に受け入れるには、相当な精神力が必要だった。
突き付けられた重すぎる事実の数々に、三田村の心は既に押し潰されそうになっている。
しかしまだ、本当に一番知りたい答えは、曖昧なままなのだ。
『慶子と川瀬の間に、何があったのか―――』
慶子の妊娠を受け入れるにしろ、そこを明確にしなければ自分の中でケリがつかないような気がする。