投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

Odeurs de la pêche <桃の匂い>
【同性愛♀ 官能小説】

Odeurs de la pêche <桃の匂い>の最初へ Odeurs de la pêche <桃の匂い> 48 Odeurs de la pêche <桃の匂い> 50 Odeurs de la pêche <桃の匂い>の最後へ

第5章  プロヴァンスへ-2

 アトリエでの私はもう、キャンバスに向かうこともできず、珠子の介抱に明け暮れていた。サキたちが居てくれなかったら私はお手上げだったろう。やや落ち着いてからの珠子は、ミニョンの名ばかり叫んでいた。殺人に等しい仕打ちをしていながらミニョンの身体を気遣っていたよ。私は信じた。珠子は、実存的に彼女を愛していたのだと。明らかに神経を病むまでの激しさでね。しかし、ミニョンという女性は珠子を愛していなかったのだろうことは想像が付く。なんと皮肉なことに、その相思相愛の相手が翔子だったとは……。
 ミニョンが少し元気を回復して、私が翔子の父親だと知ってからは、少しずつ翔子との愛について話してくれた。ただ、ミニョンの話は、珠子のような一方的なものではなく、心に響くすばらしい愛だと男の私にも分かったよ。翔子もやはり母の血を引いていたのかと一時は愕然としたのだが、お前と一緒にこっそりと翔子を見に学校へ行ったことがあったね。あの寂しそうな翔子が、ミニョンの愛に包まれて、父親の目から見てもあれほどの光る女になったのは、ミニョンの愛が本物であると良く理解できた。
 彼女は、3ヶ月近くその医者の元で世話になった。その間私もまた、3日とあげず東京と湯河原を行き来する気分は、例えようのない切なさだった。
 この医者は近隣に聞こえた名外科医のようだった。ミニョンのために、傷が癒えたところで、もとの形に復元するとまで提案したようだった。しかし彼女は断ったらしい。これは私に与えられた罰だから、生理的機能さえあればこのままで良いです、と。そして、これだけの罰を与えた神に対しては裏切れないから、翔子にも知らせないで欲しい、むしろ、傷が悪化して死んだことにしてもらった方が、翔子の心の整理がつくかも知れない。黙って郷里へ帰ります。と言うので、私は彼女の意志を重く受け止めて、ひっそりと帰国させた。
 その間、たまに正気に返る珠子は、ミニョンを気遣い、私には済まなかったと言い、サキたちにまで気を遣う優しい女なのに、夜叉とは良く言ったものだ。ちょっとした言葉に反応する珠子は全く夜叉そのものだった。その言葉が、サキたちが口にする<翔子>だった。ミニョンが悪いんじゃない、翔子の綺麗さがミニョンを惑わせたのだと、夜叉さながらに、否、狂女になった。翔子を殺しかねない憎みようだった。<私を帰らせて、翔子に逢いたい。私は母親なのよ>と哀願する姿も見せた。やはり母なんだな、と気を許していると、その目から狂気が消えているわけではなかった。芝居だな、と気が付くと、さすがに私は怖気とともに珠子の狂気の目を見ながら、行く先を見失っている自分自身にも気が付いたのだ。こんな女になっても私は珠子が好きだ、否、こういう激しい気性の女が哀れにも狂っている。哀れみも愛のひとつの形だ。私は、適わぬながら珠子を抱きしめてやったよ。もう、自らの性癖を超えて狂っている女は、私に抱かれると素直におとなしくなった。私がいなくなると、サキや小枝子に、<早く返りましょ>と誘いをかけるらしい。私の言いつけを守っているサキと小枝子が拒絶すると暴れる。そんな日々が続いたのだ。
 私は、ミニョンは死んでしまったよ、と嘘を言った。珠子の怒りは翔子に向く。<私がこうなったのは翔子のせいだ。翔子さえいなくなれば>と。
 もう既に、翔子は珠子の子ではなく、恋敵になってしまったのだ。
 私は疲れた。当てもなく二人で死の新婚旅行をしようと決心した。しかし、翔子のことを思うとなかなか決心が付かなかった。そんな優柔不断も、我が子を殺すとまで口にするに至っては、私はもう、珠子を救うことの不可能を知った。
 冷静になって考えれば、珠子を病院に入れるか、あるいは殺人未遂罪で警察の手に委ねることはできる。そして私は、何事もなかったように元の画家に戻る? そんな私に絵が描けると思うか?
 私は筆を折る決心をした。翔子を守るため、と言えないこともない。しかし、珠子を人の手に委ねることができない。私は、今こそ珠子が自分の物になった実感がしている。珠子を救えるのは私しかいない。そのような思考停止の状態になっている私も、珠子と共に狂気の世界に入ってしまったのかも知れない。

 鴻作。翔子のことを頼む。翔子のことを常に気遣ってくれていたお前には、今更何も言うこともないのだが、翔子に私の存在を言う必要はないだろう。陰ながら見守ってやって欲しい。
 そしてこの手紙はお前に宛てた遺言状でもあるのだが、大した資産でもないがお前に全てを委ねる。私たちのために一生を棒に振ってしまったに等しいサキのことも考えてやって欲しい。

 翔子が愛おしい。できるならミニョンに逢わせてもやりたい。だが、彼女は自分への罰として、未来のある、そしてもっとも愛する翔子をあきらめようとしていることも分かる。翔子は、これほど愛されて幸せだっただろうに、いきなり奈落へ突き落とされてさぞ苦しむことだろう。翔子の悲しみを思うといたたまれなくなる。自分の力で立ち直って欲しいと願うのみだが、温かいお前の助力が必要となるときもあるだろう。頼む鴻作。
                                 恭孝



Odeurs de la pêche <桃の匂い>の最初へ Odeurs de la pêche <桃の匂い> 48 Odeurs de la pêche <桃の匂い> 50 Odeurs de la pêche <桃の匂い>の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前