第4章 展開-9
「いえ……ロココだなんて」
「シンプルって言うより殺風景でしょ。翔子、ああ言う装飾過多は大嫌い……あ、分かった。あなた、教授から何か聞いてらしたのね。あの教授ですもの。何か良からぬ噂でしょうけど……。あなたのその、戸惑ったような目を見て分かったわ。」
「…………」
「正直におっしゃい。今日の今日よ。お会いしたばかりなのにいらっしたのは、多分、私に興味を持った……違う?」
「え……エエ……今日あそこでお会いして、私……心臓が止まりそうでした。」
「大げさね。」
「いえ、ホントなんです。あの後教授が話してくださったんです。何年か前、教室の一番後ろの席で目立たないようにしている生徒がいて、それが却って輝いて見えるほど綺麗に見えて、今時の女の子とは思えないヤマトナデシコがいたって思ったんナすって。だけど、孤独な感じが気になって、ついその子ばかりを見るようになったしまったって。それが翔子さんだったの」
「まア……教授がそんなことを……」
「ええ……こうも仰ってました。その子は、綺麗というのではない、美しいのだって。それで、試験の時に見回りながら近づいてみたら、髪は染めているらしいけど化粧らしい化粧もしていないのに、まるで絵に描いたような子だった、ですって。他の生徒のように騒ぎもしないし、いつも静かなのに、そこだけが異空間になっていた……って」
「異空間……? 翔子って宇宙人なの……?」
「だって……教授がそう仰るんですもの。……ところが、質疑になると教授もタジタジになるような質問をする子で、教授は、みんなの手前はっきりと言って良いものか迷うような質問をされるので、困っちゃった……って。彼女にとってはフランス語だから言いやすかったんだろうけど……って」
「あら、そんな質問ってしたかしら? 覚えてないなあ」
「それで、いろいろと気になることがあって、ちょっと調べてみたそうなんですよ。先生のこと」
「あ……その<先生>って言うの、止めて下さらない? 翔子でいいわ。そうだ、お姉ちゃんにして。翔子一人っ子だから」
「そんな……私……妹からお姉ちゃんって言われているのに……」
「いいじゃないの。律子さんは次女だと思えば……あ、それで? 教授が翔子のこと調べた、ですって?」
「ええ……そうしたら、日本には昔ヒエラルキーがあって、華族の系統だって事が分かって、ああ、翔子さんは昔だったらオヒメサマだったのか、って、納得なさったそうなんです」
「へええ……オヒメサマ……か。翔子が? 天涯孤独の没落貴族のオヒメサマ、か。ロマンティックね」
「でも……そうなんでしょ?」
「まあ、当たらずとも遠からずだけど、どうして教授が、こんな翔子のことなんか気になさったのかしら」
「実はそれが……あのう……いえ、いいんです」
「なによ……言いかけてお止めになるなんて、気持ち悪いじゃない……」
「ええ……それで、ですね。……教授が仰ったんです。あの子は間違いなくビアンだって」
「ビアン……」
「時々、自分の聴講生でもないとても愛くるしい子が彼女の側に座って、講義を聴いているのかと思っていると、急用ができたので帰らせて欲しい……って。それが2・3度もあれば分かるわ。ですって」
「はあ……教授も教授ね。何考えてらしたのかしら」
「いえ……あの、それがおかしいんです」
「おかしいって……?」
「教授が、自分もビアンだったらよかった……て」
「オーララァ……なんてことを……」
「それで、私がご相談していたフランス語の家庭教師に、その子が絶対良いと思うけれど、卒業前に引っ越したみたいで解らないから、探しておくって言って頂いたので、早く知りたいと思って教授室へ日参していたんです。そしたら、ばったりと……」
「と言うことは……あなたもビアンだと仰ってるわけ……?」
「あノ……はい……多分……」
「多分だなんて、そんな……。言っておきますけど、翔子、ビアンじゃなくてよ。教授ったら、ビアン斡旋所でもやってらっしゃるわけ?」
「そんなこと……。私……教授のフランス語を聴いていると勉強が手に付かない、だから、授業が疎かになってしまうのです、と、私の悩みを教授に打ち明けたんです……」
「……と言うことは、あなた、教授に恋したってこと?」
「そうではないんですけど……私の悩みを……」
「教授も罪な方ね。変な言い方をするな……って思ったけど、そうだったの。あなたもそんなことを教授に相談なさるなんて、勇気がいったでしょ?」
「…………」
「それで……?」
「……それで、教授はこう仰ったんです。私はビアンじゃないからあなたの悩みには的確に応えられない。だけど、フランスではもうすぐPACS(Pacte Civil de Solidarité「市民連帯契約」)が法律になるくらい同性愛者が多い。つまりヘテロセクシャルもホモセクシャルも、人間にとっては自然なことなんだから、そんなことにイジイジと悩んでないで、一度突き進んでみて、だめだと思ったら自然に引き返せるものじゃないの?……って」
「そう……さすが教授。明解ね」