慶子-5
『なんや……この記憶は……』
今まで何度も思い描いたあいりの恥態。
独りの夜、溜まった欲望を放出する時、三田村は「いけない」と思いながらも、いつもあいりが凌辱される場面を想像してしまう。
その相手は見知らぬ男の時もあったし、辰巳の時もあった。
何十人もの男たちが、その美しい裸体に貪りついている時さえもあった。
今頭に浮かんでいる映像も、その中のワンシーンのような気がしたが、妄想にしては異様に具体的でリアルすぎるような気もした。
ひどく酔って忘れてしまっているだけで、これはもしかしたら実際の出来事だったのだろうか―――。
さっきまで曖昧にごまかしていた不安感が、三田村の中で急速に形になりはじめていた。
川瀬ならば大丈夫だと、何故あの時思ってしまったのだろう。
もしかしたら今ごろあいりは―――。
久しぶりに会った愛しい恋人のそばにいながら、三田村はずっとあいりのことばかり考えていた。
―――――――――――
「真ちゃん――今日……ごめんね」
三田村のマンションに向かうタクシーの中で、慶子は申し訳なさそうに言った。
アゴラにいる間中、三田村がずっと上の空なのが気になっていた。
確かに急に呼び出したのは悪かったけれど、塚田の計らいで今晩は三田村のマンションで泊まれるようにもしてもらえたし、たまにしか会えない遠距離恋愛の二人にとってはむしろラッキーな事だと思ったのだ。
それに自分がどんな環境で仕事をしているのかを知って貰ういい機会だとも思ったのだが――人あたりのいい三田村らしからぬ、ひどく無口な態度が気にかかった。
「………迷惑やった?……会社の大事な人と飲んでたん?」
アゴラに着いた時、すでに三田村がかなり酔っていることには気付いていた。
「いや……そんなんちゃうよ。ちょっと飲みすぎただけや……」
いつもと変わらぬ優しい口調と、慶子の指を包みこむように握る手の平はホッとするほど温かかったが、その視線はずっと窓の外に注がれている。
「―――つ、塚田課長のセクハラにも、ほんま困ったわぁ」
沈黙が恐くて、必死で会話を繋いだ。
「えっ?――セクハラ?慶子あの人になんかされたんか?」
三田村が急に驚いたように慶子のほうに向き直る。
「……ほら、真ちゃんに、『今晩ちゃんと寝かしてやれ』とか言うてたやん?会社でもいっつもうちにあんなことばっか言うねんで。『彼氏と最近ご無沙汰やろ』とか……ほんま一言多くてイヤやねん」
三田村がこちらを向いてくれたことが嬉しくて、ついつい説明にも力が入る。
しかし三田村は前以上に不機嫌そうな顔になり、再びぷいと顔をそむけてしまった。
込み上げる苛立ちを抑えるような大きなため息が車内に響く。
「――その程度でセクハラや言うてたらキリないわ――もっとひどいことされて我慢してる子もたくさんおるんやで」
吐き捨てるように冷たく言い放たれた言葉が、鋭く胸を刺した。
付き合って何年にもなるが、三田村からこんな風に突き放すようなことを言われたのは初めてだ。
三田村の中で何かが変わり始めている。
『やっぱり遠距離って難しいんかな………』
「男は離れたら絶対に浮気する」と断言していた友人の言葉を思い出して、急に不安な気持ちが込み上げて来た。