慶子-3
アゴラの店内はほとんど満席状態で、鳴り響くBGMと酔客同士の話し声でかなりざわついた雰囲気だった。
20名ほど座れる大きなコの字型のカウンターの後ろに薄暗い階段があり、その上にいくつかの個室がある。
三田村のいる入口付近の場所からは、階上の様子は全くわからない。
これだけ騒がしければ、2階で大声を出しても気付かれないのではないだろうか。
店内の状況を見ただけでひどく気持ちが焦る。
男たちに身体を押さえつけられながら泣き叫ぶ慶子の姿を想像すると、怒りで気が狂いそうだった。
レジでのろのろ会計をしている騒がしい団体客をじりじりしながら待ち、それが終わるやいなや、三田村は受付の店員につかみ掛かるようにして聞いた。
「た…大昭出版はどの部屋ですか?」
「大昭…出版様………えーと……あー…5名様でお取りしてるお部屋ですねぇ……」
5名という言葉に頭がカッとなった。
あの留守電からすでに2時間近くが経過している。
自分がもたもたしているうちに、4人もの男たちが代わる代わる慶子を――――。
「お2階あがられましてぇ……一番奥のぉ……右手のお部屋になります」
「―――慶子っ」
馬鹿丁寧な店員の言葉を最後まで聞かずに、三田村は走り出していた。
階段をすっ飛ばして、案内された部屋に駆け上がる。
なんでもっと早う来てやれへんかったんやろう―――。
慶子を守ってやれるのは
俺しかおらへんのに―――。
「―――慶子!」
大声で名前を呼びながら襖を開けると、6畳ほどの明るい和室に男性1人と女性が3人が座っており、部屋の一番奥に慶子が立って、カラオケのマイクを握っていた。
想像と全く違う和やかなムードに、一瞬頭が真っ白になる。
「真ちゃん―――!」
慶子が嬉しそうな笑みを浮かべた。
「―――あっ!キミが噂の真ちゃん?ホンマめっちゃエエ男やん!」
「会えて嬉しいわぁ!とりあえずこっち座りぃな」
恐らく慶子の先輩社員であろう女性たちにぐいぐいと引っ張られて無理矢理座布団にに座らされる。
「いきなり呼び出してびっくりしたやろ?うちら慶子ちゃんの自慢のダーリンにどうしても会うてみとうて、しつこくお願いしたんやわ。悪ぅ思わんとってな」
強引にグラスを握らされて、飲みたくもないビールをなみなみと注がれた。
慶子の上司らしい四十絡みの男が、三田村の横に移動して来た。
「忙しいのにすまんな真ちゃん!ワシは編集課長の塚田いうねん。ま、とりあえずお近づきのしるしに、一杯!」
留守電に入っていたのはこの声だとすぐにわかった。
「課長もう飲みすぎやわ!奥さん心配しはりますよ!」
周りの女子社員が茶々を入れる。
「アホ!大事な嫁さん心配さすほど飲んでへんわ」
いかにも人懐っこそうな笑顔と、滲み出る誠実そうな人柄。
その男の快活な雰囲気を見るだけで、慶子の職場がセクハラなどとは無関係な明るい環境だということがよくわかる。
テーブルの上にはところどころ穴のあいたビンゴカードが散らばっていた。
電話で言っていたゲームとは恐らくこのことなのだろう。
「真ちゃん!慶子ちゃんのこと、ちゃんと幸せにしたってや?上司の俺からも頼んだで。彼女、今どき珍しい純粋なエエ子やから」
「………はぁ…はい」
状況はやっと理解できたが、気持ちが全くついていかなかった。
塚田は元来空気を読まないタイプなのか、明らかに困惑している三田村にガンガン話しかけてくる。
「遠距離恋愛は夜が寂しいやろ?今晩は慶子ちゃんお持ち帰りしてええで!ただし、明日の仕事に響かん程度には寝かしたってや!」
そう言って三田村の背中を叩きながら豪快に笑った。
無視するわけにもいかず曖昧に頷き返したが、関西人特有の陽気なノリが、ひどくうざったく感じられて仕方がなかった。