罠-1
「藤本―――今日はもうあがっていいぞ」
川瀬に声をかけられ時計を見ると、閉店時刻からすでに一時間が過ぎていた。
『よかった――今日はこのまま解放して貰える――』
突然残業を言い渡された時点で、今日も無理矢理抱かれることを覚悟していたあいりは、川瀬の意外な言葉にホッと胸を撫で下ろした。
入社以来ほぼ毎日のように繰り返されてきた川瀬のセクハラ行為は、ここ数週間回数がかなり減ってきている。
しかし、そのぶん濃度と密度が増してきているとでもいおうか――――。
数日ぶりにあいりの身体を抱く時の川瀬の異常ともいえる執着ぶりは、最近度を超しているように思える。
以前の川瀬は、抵抗するあいりを無理矢理絶頂へと導き自分も果てればそれで満足していたはずだった。
しかし最近の川瀬は、あいりの肉体が何度絶頂を迎えようとも彼女が完全な屈服の言葉を口にするまでは決して凌辱をやめようとはしない。
凄まじい性技で全身を攻められ耐え兼ねたあいりが、涙ながらに川瀬に許しを乞い、その肉棒を自ら欲するまで……彼はあいりを拘束し、執拗な愛撫を延々と繰り返すのだ。
無理に抱かれずに済む日が増えるのは救いだったが、そのぶん病的なまでに増幅されていく川瀬のサディズムに、あいりは新たな恐怖を感じるようになっていた。
最近は営業時間中や休憩時間まで、遠隔操作の出来る玩具や鍵のついた貞操帯を身につけさせられることが多い。
身体が離れている時でも自分は常に彼の支配下にあるのだということを、あいりはいやが上にも強く意識させられるようになっていた。
―――ともあれ、今日は身体を汚されることなく帰れるのだ。
『――絶対に何かされると思ってたのに』
ホッとすると同時に、一方ではどこか空虚感を感じている自分がいる。
認めたくはなかったが、今やあいりは川瀬の存在を意識するだけで、じんわりと女芯を濡らしてしまうほどに調教されてしまっていた。
「……では、お先に失礼します」
売り場を立ち去ろうとした時、川瀬が再びあいりに声をかけた。
「そうだ……すまないが、帰る前にこの資料をメンズフロアにいる石原に届けてやってくれないか」
パソコンの画面に目を落としたまま、分厚い茶封筒をあいりに手渡す。
「……石原……バイヤーですか……」
あいりの脳裏に、今日の営業時間中に川瀬を訪ねてきた石原理可の姿が蘇った。
あいりを威嚇するように睨みつけていたあの敵意のこもった視線。
あの視線の意味が何だったのかはわからないが、少なくとも「好かれてはいない」ことだけは確かなようだ。
理可への届け物は気が進まなかったが、メンズフロアに行けば三田村の顔が見られるかもしれない。
あの優しい笑顔を一目見るだけで一日の疲れが癒され、心の中に溜まってしまった汚れが浄化されるような気がする。
一目だけでも三田村に会いたい―――。
淡い期待を胸に、あいりは渡された茶封筒を手にメンズフロアへと向かった。
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