嫉妬と誘惑-4
「………抱いて」
「えっ?」
「私を抱きなさい」
理可はスーツのジャケットを脱ぎ捨てた。
磨き抜かれた彫刻のような美しい肉体が、惜し気もなく三田村の前に晒される。
理可はまるでペットのリードを操るように三田村のネクタイをぐいと引き寄せると、強引に唇を重ねた。
顔の角度を何度も変えながら、驚きで半開きになっている三田村の唇をこじ開け、歯列に舌をねじこんで行く。
三田村の舌はガムのような甘く懐かしい香りがした。
ほとんど反射的にギュッと目を閉じた青年の顔がひどく色っぽく感じて、理可は夢中でその舌を貪った。
「……あっ…ん…んぐっ…」
しばしの沈黙。
舌と舌が絡み合う湿った音。
そしてその合間に漏れる二人の荒い吐息――――。
「ん……んんっ……や…やめ……」
三田村が必死に顔を背ける。
強く抵抗したために、三田村の唇から左頬にかけて理可の口紅が真っ赤な軌跡を描いた。
三田村の少し女性的ともいえる整った顔にべっとりと塗り付けられた口紅は、ゾクリとするような色気があった。
「バイヤー……やめましょう」
三田村は理可の目をじっと見つめながら、我が儘なお嬢様に言い聞かせるようにゆっくりと言った。
「やめないわ。あなたが欲しくなったの」
理可はネクタイを素早く抜き取ると、慣れた手つきで三田村のワイシャツのボタンをはずしはじめた。
「やめてください。俺そういうの駄目なんで」
三田村はきっぱりと言い切り、すでに三つ目のボタンに手をかけている理可の腕を強くつかむ。
その男らしい力強さと、シャツの隙間から見え隠れする想像以上にたくましい胸板に、身体の芯が熱くなるのを感じた。
「イヤよ。私を抱きなさい。これは命令よ」
聞き分けのない幼児のように駄々をこねる理可。
「そんな命令、俺は聞けません」
ここまで食い下がっても言いなりにならない三田村に理可は苛立っていた。
『私に逆らうなんて許さないわ……』
理可は抵抗する三田村を睨み据えると、低い声で囁いた。
「……命令に背いたら、藤本あいりを潰すと言ったら?」
「……!?」
三田村の顔に明らかな動揺が走った。
「明日にでもTデパートから追放して二度とフロアに立てなくしてやるわ」
三田村の視線が、目に見えない何かをとらえようとするように不安げに空をさまよっている。
藤本あいりの名前を出しただけでこれほどまでに動揺する三田村の表情が、更に理可の嫉妬心を煽りたてた。
「私にはあの娘一人潰すくらい簡単なの……わかるでしょ?」
人事部長だった高橋とは結局一年ほどで関係が切れている。
今の理可には実際人事に介入出来るほどの力はないのだが、新入社員の三田村にはこの脅し文句が何よりも効果的だったようだ。
三田村の目からはすでにあの人懐っこさは消え、今は燃えるような怒りが宿っている。
理可と三田村はつかみあったまま激しく睨み合った。
「――抱くの?抱かないの?」
ハッタリを悟られぬよう、わざと強い口調で理可が迫る。
長い長い沈黙―――――。
そしてついに、凛々しい眉を苦悶に歪めながら三田村が呻くように言った。