卒業-5
「遅くなってスマン!」
能代の背後から松永の声がした。
「駅で知り合いの女の子につかまってさあ。なかなか離してもらえなくて焦ったよ。だってさ……」
いつもの調子で現れた松永は、ちょうど能代の陰に隠れて見えていなかったみどりの存在にやっと気がつき、ハッと口をつぐんだ。
「おっと……えっ?あれ?君、うちの2年の高瀬……」
「――みどりです。こんにちは」
みどりが丁寧に頭を下げた。
「え、何?どういうこと?ひょっとして能代と付き合ってるの?」
いつもはむしろ能代のぶっきらぼうな発言をフォローする役割の松永が、いきなりデリカシーに欠けることを言ったので能代はぎょっとした。
あまりにもストレートな質問にみどりも真っ赤になってうつむいてしまった。
「ばっ……バカ!そんなわけないだろ。違う違う!そんなんじゃないから!」
能代があわてて必要以上に強く否定したために、三人の間になんとなく気まずい空気が流れた。
「……あの、それじゃあ私、失礼します!」
みどりが、重くなりかかったムードを断ち切るように明るく言った。
「あっ……ああ。じゃあ……また」
能代もどぎまぎと返事を返し、みどりは何かに追い立てられるように足早に去って行った。
「……ゴメン……俺、まずかったかな?」
松永はすぐに申し訳なさそうな顔で能代に詫びた。
こういう素直な誠実さがあるから、能代は松永を憎めない。
わざとではなく誰かを傷つけたり不快な思いをさせてしまった時、すぐに自分の非を認めて謝るというのは、簡単そうに思えて実はとても勇気のいることだと思う。
「いや。いいんだ。ホントに付き合ってるわけじゃないから。……でもあの言い方はお前らしくなかったぜ」
能代の一言で松永はかなりホッとした様子だった。
「スマン……お前が学校の女子と楽しそうに喋ってるところなんて初めて見たからさ……この堅物についに彼女が出来たのか?!ってマジでビックリしたんだよ」
「残念ながら違うよ。この前たまたま図書館で本を借りた時、彼女に迷惑かけたから謝ってただけなんだ。」
「なぁんだ、そういうことかよ。」
「期待に添えなくて悪かったな。」
二人は笑ったが、能代はのどに魚の小骨がひっかかったような違和感を感じていた。