屈辱の苦情処理-1
その不審な客が来たのは、午後3時をまわったころだった。
年齢は20代後半だろうか。金色の髪にいかにも柄の悪そうな服装。目つきがギラギラと鋭く、一見デパートの婦人服売り場とは縁がなさそうな人種である。
かといって単なるひやかしではないらしい。
館内をあちこちうろうろするわけではなく、婦人服フロアだけに滞在して何かを探している。
男がフロアに入って来た瞬間から不自然さを感じていたあいりは、さりげなく背後にまわってその男の動きを観察していた。
『ひょっとしたらムラサキかも……』
「ムラサキ」とはデパートの隠語で万引き犯のことである。
最近婦人服フロアに不審者が多いので注意するようにと、今朝も通達が回ってきたばかりなのだ。
確かにここ数日、あいり自身も不審な客がよく目につくような気がしていた。
明らかに婦人服と無関係そうな男性客が一人でうろうろしていることが多い。
組織的な窃盗集団の下見の可能性があるため、店の警備を強化するという話まで出ているのだ。
しばらく様子を見ていたが、男はなかなか立ち去ろうとしない。
通常ならばフロア主任に報告するのだが、今日はあいにく川瀬が代休をとっている。
何かトラブルが起きれば、「社員」である以上、あいりのような入社まもない新人であろうとも「主任代行者」としてそれなりの対応をしなければならない。
『……不審者を追い払うマニュアルの第一は、まずさりげなく声をかけること……』
あいりは新入社員研修で教えられたことを心の中で反芻し、思い切って男に近付き声をかけてみることにした。
万引き目当ての不審者ならば、大半はこの時点であきらめて退散するケースがほとんどなのだ。
「……いらっしゃいませ……あの……何かお探しでしょうか?」
「え?……あ…ああ」
突然背後から声をかけられ、男がビクッとして振り返る。
目があった瞬間、男は一瞬は驚いたように目を見開いたが、すぐにあいりの全身を舐めるような視線でジロジロと眺め回してきた。
販売員に声を掛けられたことに対して、その男が動揺するどころか逆に変に馴れ馴れしい態度になったような気がして、あいりは少し気味が悪くなった。
しかもそのじっとりとした粘り着くような目つきは、あいりが今一番思い出したくない辰巳潤一の視線を思い出させる。
数日前にこのフロアで川瀬と辰巳から受けた二人がかりの凌辱。そのおぞましい記憶が脳裏に蘇りかけるのを、あいりは慌ててふり払った。
「……あ!あんた……藤本…あいりだろ?」
「……えっ?」
胸に付けている名札には名字しか書いていないのに、フルネームで呼ばれたことにあいりは軽い動揺を覚えた。
この人……単なる不審者じゃない―――。
訓練された接客スマイルが、緊張でこわばるのが自分でもわかった。
今すぐにも逃げ出したい衝動に駆られたが、接客を始めてしまった以上そういうわけにはいかない。
「…あのぅ……失礼ですが……どこかでお目にかかりましたでしょうか……?」
警戒しながら恐る恐る尋ねると、男はニヤニヤしながらいきなりあいりの尻に手を伸ばしてきた。
「キャッ!」
思わず小さく悲鳴をあげたが、男はたじろぐ様子はない。
柱の陰にあいりの身体をぐいっと引き寄せ、制服の上から尻をわしづかみにして撫でまわしてきた。