非線型蒲公英-8
三十分後。
「…ふう、一応最新式のロックを付けておいた。これで安心だ」
ドアノブを修理し終えた美咲が居間に戻ってきた。
現在、六畳ほどの居間には五人も居ることになる。やや狭い。
「…私としては早々に帰って欲しいんですけど」
ぶすっとした態度で妃依が言う。あの後からずっとこんな調子だ。
「いいじゃん、いいじゃん。私達も泊めてよー」
「ですけど先輩、狭くないですか、この人数じゃあ」
「問題ない。私とカナとお前は立って寝る」
「立ったままでなんて眠れませんよ!!」
「えー、常識だよ? 徹夜で並ぶときとか」
「知りません!! そんな常識いりません!!」
「…意味不明のコントは外でやって下さい、怪我人に障りますから」
聡の頭に氷嚢を当てながら呟く。あの後聡がまた倒れてしまったので、介抱していた。
「ふーん…ひよりん、さとっちにはえらく優しいんだねぇ?」
わずかに妃依が俯く。耳がほんのり赤い。
「…仕方ないじゃないですか、怪我人なんですから」
あまり回答にはなっていなかったが、自分でもよく分かっていないので答えようが無い。
「ふむ、男の怪我は舐めるとたちどころに治ると聞くぞ?」
「どこから仕入れてるんですか、その誤った男の知識を!!」
「ふんふん、じゃあ、私がさとっちを舐めてみよーか?」
「…どうぞ、やってみたら、どうですか」
ぴきっと空気が凍る。絶対に出来ない。やったら殺られる。
(すごいね…ひよりんって意外と独占欲強かったんだ…)
(男に関わると女は変わると言うからな)
(僕、帰っていいですか…先輩…)←涙目
(駄目だ、一蓮托生だ)
(ひ、ひどい…)
「…はぁ、いつまで居るつもりなんですか」
「いやー、このままさとっちが気付かないまま夜になったら大変でしょー?」
「…別に…」
「うら若い男女が一つ屋根の下に二人きりと言ったら、やることは一つだろう、そんな不埒な行為は風紀委員として見過ごすわけにはいかん」
(この人が風紀委員だって方が問題だと思う…)
「…心配に及びません、そんな…事、しませんから」
「分からんぞ、男は全て犬畜生だからな。目覚めたときに近くに目ぼしい男が居なければ、女を襲うかもしれん」
「なんでまず男を捜すんですか…」
もうつっこむのも疲れてきた様子の司。
「…それで、先輩たちは何がしたいんですか」
「え? だからー、私達も泊まりたいなーって」
「そうだ。こいつが『遊佐間先輩と一緒に寝たいですゥ!! グヘ、グヘヘ!!』と汚らしい汁を飛ばしながら言うものだから、少々哀れに思えて、な」
「いつ言いましたかそんなこと!!」
「…ですから、コントは外でどうぞ」
「もー! 美咲ちゃんも司君も遊んでないでまじめに頼んでよー」
「ぼ、僕は遊んでません…」
「ん、迷惑はかけない。泊めてくれ」
「…はぁ、別に構いませんけど、騒がしくしないで下さいね。特に司君」
「うぅ、僕ばかりせめられる…」
『せ、攻められる…!?』
「…反応しないでください、二人とも」
氷嚢を当てていた手の下でもぞもぞと動く感触がした。気が付いたようだ。
「ぅ…あ、頭が…痛い…」
「…大丈夫ですか」
「ん…って、うわ!! ひよちゃん!?」
「…そんなに驚かなくても」
「ご、ごめん、いきなり目の前にひよちゃんが居たもんだから」
「しっかりしろ、傷は浅いぞ、遊佐間」
「げっ!! 何でお前らが!?」
「うむ、こいつがお前に…」
「もういいですっ!! そのネタは!!」
「いやー、さとっちとひよりんを二人きりにしたら危ないからネー」
「危ないって、何がだよ」
「ホントに覚えてないのー? ひよりんに『あーんなこと』とか『こーんなこと』とかしちゃったのに」
「…はぁっ!?」
「…確かに、されそうになりましたけど、未遂です」
思い出したのか、恥ずかしげに俯く妃依。
「み、未遂…!?」
(一体俺はひよちゃんに何を…どこまでヤッたんだ…? 覚えていないのが恨めしいッ!! 思い出せ!! 俺!!)
「うぅー…む」
ガンガンと頭を叩き、唸りをあげながら思い出そうとする。
「クク…遊佐間は覚えていないそうだぞ? お前との熱く激しい行為を」
「薄ら寒くなるような事を言わないで下さいぃっ!!」
「…あの、先輩、無理に思い出さなくていいです…恥ずかしいんで」
「う、うおぉぉぉぉぉおい!! 思い出してぇっ!!」
結局、思い出せなかった。