非線型蒲公英-9
そして、その日の六時半。
「いやいやー、流石はひよりんだねー。美味しいよ、このオムライス」
「…はぁ、どうも」
五人は小さい食卓を囲んでいた。料理は妃依が作ったのだが、予定外に人が増えたために予備の食材を使ってしまい、冷蔵庫は空になってしまった。
「あの、美咲先輩、ケチャップ取ってもらえますか？」
オムライスにはケチャップをたっぷりかける派の司が言った。
「駄目だ」
「な、何でですか」
「ここで私が取ってしまったら、お前と遊佐間が同時に取ろうとしてタッチ、というイベントが起こらなくなってしまう」
「いりません!! そんなイベント!!」
「…司君、静かに食べて」
妃依に言われて、司は『うぅ…』と呻きながら食事に戻る。
「あー、それにしてもホント、美味いね!! 俺は幸せだ…!!」
聡は少し涙目になりながら箸を持った手を握り、感動していた。
「…何もそこまで喜ばなくても」
「だが、確かに美味だぞ？ 特にこの肉じゃがは…むぅ…」
美咲は珍しく表情を綻ばせて、租借する。
「…肉じゃがだったら誰でも簡単に作れますよ」
「えー、私はこんなに美味しく出来ないなー、後でレシピ教えてよ」
「…はい、いいですよ」
と、ゆるゆるとした食事が済み、食後。
「えー、野球見ましょうよ、野球」
現在チャンネルを手にしているのは美咲だ。持ち主（妃依）は我関せずとばかりにぼけっと体育座りでテレビを見ている。番組の内容には興味は無いらしい。
「駄目だ、この時間は『ハイパーサイキッカー翔』を見なければいけない」
「そーそー、翔サマかっこいいのよー？ 司君、見てないのー？」
「僕、漫画とか見ないんで…」
「漫画じゃない、アニメだ」
「え？ 同じじゃないんですか？」
「もー、ダメダメ。それくらい常識でしょ？」
「僕の人生には関係の無い常識です…あぁ、野球見たい」
「…司君って意外とおやじっぽい」
今まで黙って見ていた妃依がぼそっと呟く。
「関係ないだろー!! 学生にだって野球好きなやつは沢山いるんだよ!!」
「確かに野球は男達の祭典の様なものだから、お前が見たくなるのも無理はないがな、何も他人の家で、しかもこんな時間から発情しなくてもいいだろう？」
「うん、やっぱり、それでも翔サマの魅力には敵わないよねー。量より質だよん」
「先輩達といる限り、僕の意見は絶対に通らないんですね…うぅぅぅぅ」
と、父親に電話を掛けていた聡が居間に戻ってきた。
「…あ、どうでしたか」
「いやー、母さんが事情聴取ってことで警察に連れていかれたみたいだ。付き添いで親父も。あははは」
「…大変じゃないですか」
「まぁ、いい薬だな。あのボケ夫婦には」
「…でも、そうなると先輩は明日からどうするんですか」
「は、ははは、そうさ、俺は家無き子さ…ははは、家どころか金も無い」
「…もう、半ば自尊心もありませんしね」
「遊佐間、朗報だ。ツカサが明日からずっと泊めてくれるそうだ。よかったな」
美咲がテレビを見たまま振り向きもせずに言う。
「絶対嫌です…!!」
司はもう、ほとんど条件反射でつっこむ。
「ま、なるようになるんじゃないの？ はは…」
「…なるようになった結果、毎日うちに来られるような事になったら困るんですけど」
「う」
「そっかー、ひよりんの家が駄目なら、私が泊めてあげよーか？」
「あぁ、香奈も一人暮らしだっけ」
「それでー、泊めてあげる代わりに、デッサンに協力してねー！」
「!!!!!!」
何故かびくっと体を震わせる司。
「デッサン…？」
「や、やめておいた方がいいです…先輩…それだけは…それだけは…」
がたがた震えながら司が言う。
「な、何だかよく分からないけど、確かに香奈と美咲の家は危なそうだよな…」
「本人の目の前で言う感想ではないな」
「ほんとだよー、失礼だなー！」
「で、でも危ないのはホントじゃ…ぎゃ!!」
二人に殴られて昏倒させられる司。そんな司を少し不憫に思いながら、妃依が言う。
「…なら、副部長の家に泊めてもらったらどうですか」
「和馬ん家？ まあ、よく泊まりに行ったりしてるけどなぁ…」
「…何か問題でも？」
「ホントにいつまでも泊めてくれそうだから怖い」
「…何故ですか」
「いやー、和馬の母さんに気に入られてるみたいでさ…『本当は息子がもう一人欲しかったの』って、よく言われて…」