続・聖夜(前編)-9
突然、砂塵となった子宮が、瑠璃色の宙空に舞い上がる…。
そして、爛れた肉色へと変幻し、永遠の蒼穹へと吸い込まれていくのだ。
そのとき、誰かのペニスが薄笑いを浮かべ、私の子宮の終焉を見ていた。その笑い声は、髑髏の
窪みのような私の空洞で不気味な光を放っていた…。
ふと気がついたとき、私は全裸のまま深夜の公園のベンチに放置され、通りがかった誰かが通報
したことによって、警察に保護されたのだった。
そして、私もまた、死んだ母麗子と同じように、あのサナトリウムに入院したのだった…。
―――
あれから、すでに十年近くの年月が過ぎた…。
電車で二時間ほどかかるサナトリウムを久しぶりに訪れた私は、懐かしい追憶に浸りながら
建物に続く小径を歩いた。私はこのサナトリウムに三年ほど入院をしていた。
私が入院していた頃と変わらない建物の窓の外には、冬枯れの樹木が穏やかな淡い陽射しに照ら
され、林の先には、澄みきった湖が美しく広がっていた。
その風景を遠く見つめながら、私は、自分の瞳の中になにか遠い眩しさを感じていた。
サナトリウム近くの古い煉瓦色の教会は、今もまだひっそりと佇んでいるが、かなり老朽化が進
み、ここでミサが行われることはない。そして、ここを訪れる神父もいなくなったと言う。
あのときK…氏は、自分が私の実の父親ではないこと最後に告げると、静かに息をひきとった。
あのころ私は、自分の実の父親のことを考えるとき、まるで深い霧に包まれたような幻影を脳裏
に描きながら、自分の中に重くまとわりつく鉛のような澱みに苦しめられていたような気がする。
K…氏の死後、私は、母麗子が残したノートによって、私の実の父親が誰であるのか、ぼんやり
と予感できたような気がする。
ただ… 私にとっては、暗い洞窟に光でくっきりと縁取られたような父親の幻影に手を伸ばすこ
と自体が、禁断の果実汁を啜るような罪悪感に襲われるだけだと、自分勝手にずっと想い続けて
いたのは確かなことだ。
教会の墓地には、母麗子と父であるはずだったK…氏が、並んで眠っている。
クリスマス・イブに亡くなったふたりに、私は花を捧げた。十字架が刻まれた墓碑の向こうには、
微かに降る小雪で斑模様に彩られた鏡面のような深い湖が広がる。どんより曇った空からは、
小さな雪粒が音もなく舞い降りてくる。
まわりの山々は一面うっすらとした雪で覆われ、湖は風景の中に埋もれたすべての記憶を消し
去るように沈黙していた。
そして、見上げた教会の入り口には、私があの神父に鞭で打たれたあのときと同じように、
質素に飾り付けられたクリスマスツリーの懐かしい光が、穏やかな笑みを浮かべながら、小さな
点滅を繰り返していた…。