やっぱすっきゃねん!VP-10
〇〇市営球場。
サイレンと共に、準々決勝第1試合が始まった。
河浦中 対 青葉中。
後攻めの青葉のマウンドには、稲森が立った。前回は1回戦での登板だったが、あの時は本調子ではなかった。
あれから数日、彼にも期するものがあったのだろう。入念な調整を経て、この日を迎えた。
初球が内角低めに伸びる。
1番バッターは強く叩きつけた。が、打球は勢いのないセカンドゴロ。森尾は軽くさばくと、一ノ瀬に送球した。
(今日はストレートがキレてるな。押してみるか)
キャッチャー達也の中に、早くもプランが出来上がった。
バッターは2番。達也はカーブを要求する。稲森は頷いた。
セット・ポジションの構えは、以前より右肩を中に絞り込んでいる。前回から修正した箇所だ。
前回は肩の開きが早かったために、リリース・ポイントが定まらなずに苦労した。だから、その辺を踏まえて、構えを変えたのだ。
小さく右足が上がった。同時に、身体が前へと突っ込んで行く。
右足が空を蹴って身体の前に伸びる。スパイクがマウンドを掴んだ瞬間、稲森は左腕を一気に振り抜いた。
ボールは、真ん中高めから弧を描いて低めに落ちた。バッターは振り出したが、変化についていけない。
(カーブもキレてる。こりゃ楽かもな)
まさに達也の思った通りで、2番を三振、3番をライトフライに仕留めた。
「良かったぞ!省吾」
稲森の肩を叩いて達也は喜んだ。ベンチの控えメンバーも、順調な立ち上がりを歓声で出迎えた。
「球、キレてるね!」
佳代が大きめのタオルと飲み物を持ってきた。
「すまん」
稲森は飲み物を受け取った。佳代はタオルを肩にかけてやる──冷さないために。
「少し構えを変えたら調子良くてな。この2日間、内緒で投げ込んでた」
呟くような声だった。
「そんな事して、大丈夫?」
佳代が不安そうに訊くと、稲森はさらに小さな声になった。
「今日も入れてあと3つ。オレも直也も連投するつもりだ…」
「それって…」
「今まではやってこれた。でも、この先は無理だ…」
答えた稲森は、睨むような眼でグランドを見ていた。