〜吟遊詩(第二部†旅立ち・試練†)〜-2
時間はあの激しい戦いが繰り広げられた夜にもどる……━━
《B・Cのある一室…》
壁一面にびっしりと呪文が施されている部屋の中央に椿とサンはいた。
椿たちはこの部屋から桜を媒体にしてユノのもとへ行っていたのだ。二人は丁度戻ってきたときだった。
「ちっ…擬体じゃなきゃ良かったのに…制限時間が短すぎるな。やはり改良の余地あり…か。」
椿が言った。
「擬体…のクセにっ…ホンモノの体にも傷がつくってゆーところも……改良すべきですよ…はぁ…」
サンが横で言葉切れぎれに言った。
「サン…まだ生きていられたか…。」
椿が横目でサンを見る。
「はぃ…でもそろそろヤバイかも…」
サンの体からあふれる血は致死量を超えようとしていた。最後のユノの一発が余計に悪かった。
「死ぬ前に早く医療部のところへ行け…絶対、『幹部』にみてもらうんだぞ!」
椿の言葉はサンを案じているのかなんなのか、良く分からない。
「分かって…ます…もぅあそこに行くのは三度目ですよ…」
部屋を出て、サンがしっかり医療部の方角に行くのを見届けてから、椿はボスの所へ報告に言った。
ボスまでたどり着くのには複雑で遠いが、とにかく椿はボスの部屋についた。
部屋はまずまずの広さで、(でも隠し部屋なんかはありそうだが。)その部屋を半分に仕切るかのように白い布が張られている。その布に一つの輪郭が浮かび上がっている。ボスだ…。ボスは人前に顔を出すことを極端に嫌がる。B・Cの『社長』という立場もあるので、そんな事も言っていられない事の方が多いのだが…。輪郭が少し動いた。同時に布の奥から声が聞こえる。
「どーだったー?」
声は若く、低い。
「じじぃは殺しました。が、ユノは…済みません」
椿とは思えないほど丁寧な言葉遣いである。
「ユノ…?あぁユノねー」
「はい…殺してでも連れてこようとしたのですが」
椿はボスには見えていないだろうが、すまなそうに目を伏せた。
「いやっ…ユノは殺さないで!」
ボスが慌てて言った。厳格あふれる環境に囲まれているものの、ボス本人は軽い人物だった。
「えっ!?でも…」
椿は驚いた。
「他の純血のやつらは殺してもいいからさ。」
「はい…」
腑に落ちないがボスの言うことには逆らえなかった。
(もし、今夜ユノを殺していたら……失敗して良かったのかも)
椿はゾッとした。ボスが至って軽い人物なのは、ボスが何事にも捕われず、何にも興味示さない、恐ろしいほど冷淡な性格に由来したものであった。だからもしボスが望む以外の事をしたら椿は死ぬだけでは済まされなかっただろう…。
そんな椿の気持ちを知っているかのようにボスは
「良かったねー殺さないで」
と言った。意地悪そうに笑っているボスの顔が浮かぶ。
ボスは冷淡な一面を見せることはあまりなかった。心が広いのではなく、全てにおいてボスの思い通りにならない事がない。それほどの力をボスはもっていたからだ。
「ユノはどのくらいまで事情を分かっているよぅだった?」
「えっ…裏までは分かってないようには見えましたけど…」
椿は情報を何も持ち帰らなかった自分を恨んだ。
(こ、怖い…)
「そんな怯えるなよ。君のブレッドは評価している。殺したりしないさ」
ボスの声は水のように掴みどころがなく、滑るように発せられる。
(それにしても今日は機嫌がいいようだ…)
椿は浮き上がる輪郭や声の抑揚を注意深く観察した。ボスは続けて言った。
「研究員でもいいから『時間』に関するブレッドを持っている人がいたら連れて来てくれない?」
「?…はい」
椿は突然変わった話にボスの考えが読めなかったが、
「失礼します」
とだけ言って部屋を出た。
いっきに緊張がほぐれる。世界中の息を吸い込むくらい大きな深呼吸をした。