冥界の遁走曲(フーガ)〜第一章(前編)〜-9
9 「冥界を見て回るときは、地上にいる時とほとんど同じと見てもらってもかまいません。
生活様式は地上の人達と全く変わらないらしいですから。」
「そうなの?」
「はい、例えば、…冥界の人達でも食べ物を食べます。」
「え!?そうなのか!?魂だけの存在なのに!?」
癒姫はにっこりと笑って、
「いい疑問ですね。
確かに、食べ物とは本来、身体に影響を与えるもので、魂だけの存在である冥界の人達は何も食べなくても死にはしません。
しかし、体で覚えた”飢え”の状態を身体を通じて魂に刻み込まれているのです。
だから冥界の人でも”食べる”事をしないと”飢え”から逃れる事はできません。
いわゆる”三大欲求”というものは魂が覚えてしまっているんです。」
「って事は睡眠もとらないと眠たくなる、と?」
「はい。神無月さんは頭が良いのですね。」
笑顔で癒姫は言った。
何故か闘夜は素直に喜べなかった。
…それにしても、ここの人達は地上の人達と同じように生活しているんだな。
「ありがとう、癒姫。俺も少しこの世界について知る事が出来たよ。」
「他に知りたい事はありませんか?」
…これは、聞くべき事かな?
闘夜は聞いておきたい事があったが、一瞬迷った。
だが、それでも闘夜はこの世界について知ろうとする意思を持つために聞いておく事にした。
「何故、俺をこの世界に誘ったんだ?」
癒姫は笑顔を消した。
そして闘夜の顔をじっと見る。
闘夜も癒姫の顔を見る。
癒姫がこういう顔をするのはある程度予測できた事だ。
癒姫の屋上でのセリフは明らかに自分を誘う意図があるように感じられた。
それは、すなわち、自分がなんらかの理由で冥界に関わって欲しいはずなのだ。
「何故、私があなたを誘ったか。それを、聞きたいですか?」
「…ああ、聞きたい。」
そこに、笑いの雰囲気は一切含まれてはいなかった。
だから、癒姫も笑いを含めずに話し出した。
「あなたを確かめる為です。」
「俺を確かめる?」
「はい、そしてもし調べた結果が最悪の結果であった場合…」
少し間をおいて、
「あなたを殺します。」
闘夜はまた目の前にいる少女に驚かされてしまった。
…殺される?
…俺が?
「何で!?」
「危険だからです。この世界にとっても…、地上にとっても…。」
癒姫は闘夜から視線をずらしてうつむきながら言った。
「危険!?俺が!?俺はただの高校生だ!
そりゃ確かに変な能力は持ってる!
でも俺が地上や冥界を滅ぼすなんてできるわけがない!」
「…今のところ、そういう結果がでています。
しかし、状況は変化します。
いつ、どこで、何が起こるかわかりません。」
闘夜は言葉を失った。
自分は一体何なのだろう?
自分はそんなに危険な存在なのだろうか?
しかし、世界にとっても、冥界にとっても自分が危険視されるような可能性は皆無のはずだ。
もしてや、殺されるなんてもってのほかだ。
…もう命を狙われるのはこりごりだ!
「…じゃあ、お前は俺が危険な存在かもしれないから俺と接触して、確かめて、悪かったら殺そうとまでしてたのか!?」
闘夜は目をうるませながら、そしてその目で癒姫を睨みつけるようにして言った。
「…内容を要約して言うと、そういう事です。
今まで私達の冥界の政府である『カヴァメント』はずっとあなたの事を調査してきました。」
そう言うと、癒姫は懐からメモ帳を取り出し、
「神無月 闘夜 18歳、5月14日生まれ、おうし座、男、B型
学校では男女問わず非常に人気があり、スポーツ万能、成績優秀、生徒会会長、容姿端麗、性格美人の評価を受ける。
好きな食べ物はシチュー、嫌いな食べ物は特になし。ただし腐っているものは例外。
好きなスポーツは体操、嫌いなスポーツは特になし。ただし体育教師に無理矢理やらされる見本は例外。
好きな勉強科目は英語、嫌いな科目は体育(の見本)
去年もらったバレンタインのチョコレートの数43個、うち本命チョコが38個。
好きな言葉は『絶対普遍』、嫌いな言葉は『支離滅裂』。
趣味、バイクの整備、乗車。」
「あの…?ちょっといいかな?」
闘夜が癒姫の言葉を遮る。
「何でしょうか?」
「何で…俺のプロフィール持ってるの?
っていうかいつの間に調べたのそれ?」
「それはもちろん、あなたが生まれてきてからの18年間です。」
では、と癒姫が言うと続きが始まった。
「人生の中で一番嬉しかった事、裕太という友達ができた事。
人生の中で一番悲しかった事、」
癒姫は一息置いて、
「父親が蒸発した後すぐに母親に殺されかけた事。」
「!?」
闘夜の目つきが変わった。
その目は目の前にいる少女を睨みつけていた。
少女は気にする様子も見せずにメモ帳をしまう。
「これで少しは証明になりましたか?
私達『カヴァメント』の者はあなたの事をずっと探っていたのです。
そしてこの機を借りてその無礼をお詫びします。」
そう言って癒姫は頭を下げた。
「…謝って済む問題じゃないだろう!?」
闘夜は立ち上がって怒鳴り散らした。