冥界の遁走曲(フーガ)〜第一章(前編)〜-2
2 授業は時間と正比例して順調に進んでいった。
やがて終礼も終わり、闘夜は家へと帰る準備をしていた。
「闘夜、一緒に帰ろうぜ。」
裕太が声をかけてきた。
「ああ、ちょっと待っててくれ。先生にプリントを提出しに職員室に行って来るから。」
と言って闘夜は教室のドアを開け、出て行った。
ドアに出てから、闘夜は何回女の子に挨拶されたか分からない。
ある子は手紙をくれて、またある子は手作りのお菓子をくれて。
「失礼します。」
闘夜は職員室へと入った。
たくさんの手紙、お菓子と一緒に。
「あら〜、神無月君〜♪」
上機嫌で迎えてくれたのは闘夜の担任の教師である田原だ。
「プリントを持ってきました。」
闘夜が微笑みながら言うと、
「お菓子や手紙と共にですか?」
と皮肉で返してきた。
この先生はのんびりした口調なのに毒舌が多い、と闘夜の頭の中にインプットされている。
それは生徒だけでなく、教師にも及ぶ時がある。
しかし、本人にその自覚がないのが難題だ。
…何の難題なんだか…。
と闘夜が心の中で考えをここまでにして
「これは廊下を通る時にもらった物ですよ。」
と笑顔を崩さずに返答した。
「スポーツ万能、成績優秀、生徒会会長、容姿端麗、性格美人。
よくこんな病的に完璧な人がこの世の中に生まれてきましたね〜。」
「それは褒めてるんですか?けなしてるんですか?」
闘夜は流石に呆れた顔をして言葉にツッコみを入れた。
「一応褒めているという事で〜。ところで神無月君、プリントは?」
「あ、はい。」
と言って闘夜は手紙とお菓子をひとまず田原の机に置いてその下にもっていたプリントを田原に渡す。
「はい、どうも〜。」
その後、闘夜は手紙とお菓子を持ち、
「俺は…人が言うほど完璧な人間じゃありませんよ。」
とそっとつぶやいた。
「え?何か言いました?」
と田原がつぶやいてプリントから闘夜に目線をあわせようとした時にはもう闘夜は職員室から去っていた。
◎
学校の校門を出た後、闘夜の家への帰り方は非常に単純なものだ。
校門をでた方向を左へと曲がり、あとはまっすぐあるいていけば10分ほどで青い屋根をした一軒家がある。
そこが闘夜の家だ。
そんな帰り道で、裕太と闘夜は話をしながら帰っていた。
「スポーツ万能、成績優秀、生徒会会長、容姿端麗、性格美人…か。」
裕太がつぶやいた。
闘夜が田原にそういわれたと話したのだ。
「まぁ、見た目で判断したらそうなるんじゃねえの?」
と、裕太が笑顔付きで判断結果を述べた。
「成績なんて授業さえちゃんと受けてたらいい点だってみんな取れるよ。
性格なんて人の価値観で良し悪しが決まるし、生徒会長だって演説さえちゃんとすればなれるじゃないか。」
と闘夜が言うと、裕太は先ほどの笑みの顔を保ったままで、
「いやいや、それでもお前はそういわれるだけの努力をしたんじゃねえか?」
闘夜はうつむいて、
「容姿なんて努力してないさ。ただの…親の遺伝だし…。」
裕太が少し不味そうな顔をした。
…しまった、親の話は禁句(タブー)だった…。
闘夜「スポーツに関しては…」
裕太「闘夜、気にすんなよ。」
裕太が闘夜の肩に手を置いた。
裕太「人間嫌なこととか悲しい事があってしょげるもんだ。
褒められてしょげてたら嬉しい事が何もなくなっちまうぞ?」
闘夜「…ああ、そうだな…。」
それでも闘夜はあまり表情が変わっていない。
「まあ、あんまり考えすぎるな。お前にとって重要なのはどうすれば今を楽しめるか、だ」
「でも…」
「あんまり過去の事を考えすぎるな、もう終わっちまった事だ。どうやっても変わらねえよ。」
「そうだな、ありがとう。裕太のおかげで少し元気が出たよ。」
「そうか?それはよかった。」
裕太がそう言うと、裕太は前を見た。
…もう分かれ道か。
闘夜がまっすぐ道を行くように帰るのに対し、裕也は途中で右に曲がらねばならない道がある。
それが、公園の前の小さな交差点だった。
そのど真ん中にさしかかってようやく裕太はつまさきを右にむけた。
「じゃあな。」
裕太から切り出した別れのあいさつ。
闘夜は別れのあいさつを絶対にこう返す。
「おう、また明日。」
それは再会を約束する言葉。
闘夜はアノ日からは独りでいる事を極端に嫌うようになった。
…カアサンニ…イノチヲネラワレタ…アノヒカラ…
闘夜は日が暮れかかって多少見えにくくなっている道をまっすぐ歩く。
自分の家へと向かって。