冥界の遁走曲(フーガ)〜第一章(前編)〜-10
10 「別に俺は誰に探られようと構わない!
俺はこの18年間でやましいことをした覚えは一つもないからだ!だが…」
「考えたくもない過去を突然私が言ってしまった事にたいして怒っているですか?」
闘夜は言葉を癒姫に取られてしまって言う事がなくなる。
「すみませんでした、でも安心してください。『ガヴァメント』で調査された情報を二次利用する事は一切ありません。」
「…頼むから俺の前でも二次利用はしないでくれ。」
「…了解しました。」
癒姫がそう言うと、闘夜は座りなおす。
それを癒姫が確認すると、
「『ガヴァメント』が調べた結果によりますと今の所こちらからあなたを殺しにかかる確率は0.1パーセントです。
ご安心ください。」
「その0.1パーセントに怯えながらこれから生きていく事にするよ。」
闘夜は癒姫の顔も見ずに皮肉を言った。
癒姫は何も言わずにただ黙っているだけだ。
その事に闘夜は心の中で舌打ちして、
「ところで、『ガヴァメント』ってのは何なんだ?冥界政府とか言ってたけど…」
「『ガヴァメント』とは冥界政府の事です。
簡単に説明しますと、ガヴァメントの組織メンバーは『閻魔』『死神』『戒』の三権分立制となっています。」
闘夜にとって訳の分からない単語が同時に三つも出てきた。
「『閻魔』は冥界内の全裁判権をお持ちになり、
『死神』は冥界の各地域の管理権をお持ちになられています。
そして『戒』は冥界内で起きた犯罪、事件、暴走等に対する対処権を持っています。
ちなみに『閻魔』は閻魔様お1人で、
『死神』は「神」の名を冠する者4人の構成、
そして『戒』は現在約3万4千人となっています。」
「『戒』だけすごく多いんだな。」
「『戒』は一つの『自衛警察隊』ですから。
それでも冥界全体を規模にすると3万4千人は少なすぎるくらいです。」
「そうか、大変なんだな。」
闘夜は同情の気持ちをこめつつ、
「今回、君にこの任務を授けたのはどこの者なんだ?」
気が付くと、闘夜は先ほどの目つきを取り戻していた。
まるで、獲物を見つけた獣のような目つき。
それでも、癒姫はひるむ様子も見せずに、
「何の事ですか?」
「とぼけたってダメだ。お前は俺が地上にとっても冥界にとっても危険な存在だとも言った。
さらには俺を危険とみなした場合は殺すとまで言った。
だが、それだけの判断をお前はできる器をもっていない。
そしてその器から判断するにお前は下っ端だと判断した。
だから俺は上がいるとも判断できた。
少なくとも冥界全土の問題を取り上げられるような権力と器を持った『上の者』が。」
癒姫は驚いた顔をしている。
…俺がこんな事を分からないとでも思っていたのか?
「あなたは…私を下っ端だと判断しますか?」
いきなり癒姫が尋ねてきた。
「…ああ、はっきり言うが、お前は上じゃない。少なくとも俺はそう判断する。」
「そうですか…。」
闘夜から見た癒姫はなぜか少しおかしかった。
…何故、ほっとしているんだ?
下っ端といわれて安堵する者など、闘夜は今まで見た事がなかった。
すると、癒姫はそっとつぶやいた。
「あなたは、私の事を…私の名前だけで判断せずに私の事を見てくれるのですね…。」
「?何か言ったか?」
「あ、いえ、何でもありません!」
癒姫は慌てて首を横に振る。
癒姫は表情を無に戻し、
「確かに、あなたの言ったとおり、私にこの任務を与えた人がいます。
ですが、それはその方から名前を出していいという許可が下りていませんのでお話する事はできません。」
「そうか…。分かった。」
闘夜は、ふぅ、とため息をついた。
ひとまず休憩だ。
疲れた。
どのくらい癒姫と話していたのだろう。
「今、何時か分かるか?」
闘夜はさりげなく質問した。
すると癒姫は、あっ、と口走り、
「冥界には時間という概念はないんです。」
「…?」
まただ。と闘夜は思った。
また訳の分からない事を言い出した、と。
…もう驚くのにも疲れたな。
「どういう事だ?」
それでも聞いてしまう。
ここまで聞いたのだ。
こうなったらとことんまで聞いてやろう、と思う。
「地上が四次元だと言うことは知っていますか?」
「ああ、縦、横、高さ、そして時間…だよな?」
「はい、そうです。」
すごいですね、と癒姫は付け加えながら、
「ところが、冥界には時間という概念を設けてはいないんです。
だから、事実上ここは縦、横、高さだけの世界なんです。」
「時間がないのか…。」
「あ、あと一つだけ注意点があります。」
いいですか?と癒姫は人差し指を立てながら、
「冥界では地上同様に重力がありますが、
その重力は精神体である者にも影響しますから地上と同じように飛べるなどと思わないで下さいね。」
「ここの重力は俺にもかかるのか!?」
「はい、かかります。ただしその重力は地上と比べると6分の1程度らしいですからジャンプした時など天井に当たらないように気をつけてください。」
「あ、ああ…。分かったよ。」
闘夜は苦笑いで答えた。
どうやら冥界という場所は地上とは全然違った世界のようだ。
「なぁ、俺は何をすればいいんだ?」
闘夜は思ってみた事を何も考えずに言ってみた。
「…この冥界で、何かしたい事があるのですか?」
「したい事…か。」
「考えてみれば、神無月さんがいきなりここに来ても何も分かるわけはないんですよね?
まずは私が街を一通り案内します。」
闘夜はぽん、と手を叩いて、
「それだよ!そもそもこんな窓もないところじゃ冥界がどんなところかもわかんないよな、外出ようぜ、外。」
「はい、では行きましょうか。」
「ああ。」
2人は再びドアを潜り抜けた。