異界幻想ゼヴ・ヴィストラウレ-7
「死ぬ寸前まで逝った人間を今甘やかさないで、いつ甘やかすってんだ」
「死ぬ寸前……」
復唱してから、深花は問う。
「やっぱり、そんなにひどかったの?」
果物を切り分けるのに使ったナイフを布で拭きながら、ジュリアスは言葉を探す。
「職業柄、俺は死んだ人間や天敵を山ほど見てる。お前くらいに無惨な形で死にかけた人間を、俺は見た事がないな」
あの日の惨状は、今も脳裏に焼き付いている。
緊急事態とはいえ、バランフォルシュの中から深花を掴み出した時の感触。
レグヅィオルシュの装甲に纏わり付いた、バランフォルシュの白い触手。
装甲の中に潜り込んで内部の筋肉を食い荒らそうとする不気味な触手を思い出すにつけ、ジュリアスは身震いを禁じ得ない。
そして、深花自身。
髪も肌も体の表面は全て触手にこそぎ落とされ、露出した筋繊維の中に触手が潜り込んで筋肉を食い荒らしていた。
目や鼻、耳などの穴という穴からも触手は容赦なく侵入し、その内部を遠慮なく荒らされていたのである。
本当に、死なないのが不思議なくらいの重傷だった。
たぶん、訪問していたというバランフォルシュが命を守ってくれたのだろう。
バランフォルシュからバランフォルシュが守るというのも珍妙な話ではあるが、ジュリアスはそうとしか考えられなかった。
そして今……一命を取り留め、体はほぼ元通りになった彼女はまだ、視力を取り戻していない。
一度潰された物が返還されたというだけでも奇跡なのに、すぐ見えるようになれと願うのは身勝手だと頭では理解している。
それでも、目周りへ厳重に巻かれた包帯を見ると願わずにはいられない。
また、目を見て笑って欲しいと。
「そんなに死にかけだったの……」
「むしろ死ななかったのが不思議だな。それより、もう一個食っとけ」
唇に最後の一個をくっつけると、深花はおとなしく果肉を咥えた。
指先に触れる、柔らかい感触。
血色も良く、ふっくらと盛り上がっていて自然な艶で輝いている唇。
あの時はこの唇すら消失していて、面相も分からなかった。
「ジュ……」
何かの気配を感じたのか、深花がふと顔を上げる。
「……リアス」
頬を撫でる指先に、深花は口をつぐんだ。
視覚が失われている分、今は他の感覚が鋭敏になっている。
自分の顔の目の前にジュリアスの顔がある事が、頬に当たる息遣いで分かる。
「……ありがとうね」
触れている指に手を重ね、深花は礼を言った。
ぎく、とジュリアスが揺れるのが分かった。
「……何がだよ」
「ずっと世話してくれてるじゃない」
「そんなの……」
声が、少し離れた。
「当たり前だろ。お前がこうなったのは、俺のせいなんだから」
それは、ジュリアスの本音だ。
自分がクゥエルダイドの事で短気を起こさなければ、深花がこうなる事はなかった。
礼を言われる事は、何もしていない。
「薬浴の準備が整いましたよー」
沈黙が落ちかけた時、部屋の外から看護士の声がした。
「……行くか」
「うん」
深花は腕を伸ばし、ジュリアスの首にすがりつく。
ジュリアスは、軽々と深花を抱え上げた。
今の深花は治癒促進の効果を狙って午前と午後の日に二回、薬浴を行っている。
介助は当然のようにジュリアスが行っているが……それは看護士が男しかいないから、が主な理由だった。
浴室に入ると、お湯で煮出された薬草の匂いが鼻につく。