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異界幻想
【ファンタジー 官能小説】

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異界幻想ゼヴ・ヴィストラウレ-8

「下ろすぞ」
 一声かけてから深花を下ろすと、彼女は慣れた手つきで目を保護する包帯を解く。
 開いたまぶたの下には……濁った瞳があった。
 焦点は定まらず、瞳の色もまだ判然としない。
 けれど、輪郭は毎日少しずつ形を現し始めていた。
「形は少し見えてきたな」
 腕まくりしながら、ジュリアスは言う。
「そう?自分じゃ見えないから分かんないや」
 あっけらかんとしているが自虐的な冗談に、ジュリアスは眉を歪める。
「きゃ……!」
 急に背後から抱き締められ、深花は悲鳴を上げた。
「あ、やだ、ちょっと……!」
 ふわりと空気が揺れ、うなじに何かが覆いかぶさる。
 たぶん、ジュリアスの顔だ。
「何よぅ……」
 抱擁を振りほどこうとした手は、力なく男の腕に触れる。
 触れた肌から流れ込む温もりを感じると、何も言えなくなる。
 医局に勤務している看護士達が驚くくらいに手厚い看護を、ジュリアスはしてくれていた。
 その事に礼を言えば当然の事だと返され、何気ない冗談を喋ればやるせない雰囲気とともに抱き締められる。
 最近、この男の事がよく分からない。
 親しく接しているのは間違いないが、反発して怒鳴り合いいがみ合っていた頃にも和解した頃からの親しみにもない何かを、強く感じる。
 一体何を考えているのか、腹に一物抱えて何か企んでいるのかとひそかに疑うが、ジュリアス自身が小細工を嫌う質なのだからそういう意味での不意打ち的なものではなさそうだ。
「……全部自分で決めた事なんだから、あなたが悔いる必要はないよ」
 腕を優しく叩いてやると、ジュリアスはそっと離れた。
「この目だって、そのうち見えるようになるに決まってるじゃない。バランフォルシュ様が不良品を下さる事なんてありえないわよ」
「……そうだな」
 小さく笑みを漏らし、深花は服に手をかけた。
「それじゃ、薬浴の準備お願いね」
「おう」
 深花は服を脱ぎ、浴槽に浸かる。
 その間にジュリアスは小さな盥に、目を洗うためのぬるめで濃い薬湯を用意した。
 ざぶんと音をさせて、深花は薬湯に頭から潜り込む。
 指先で自分を撫でれば、そこにあるのは以前と変わらない自分の肌。
 髪も元と同じ長さまであっという間に伸びたし、自分が体験したのに全く不思議だ。
 息が苦しくなってきたので湯舟から顔を上げた所で、ジュリアスに捕らえられた。
「さっさと目を洗え」
「はぁい」
 盥に顔を突っ込んでまばたきを繰り返し、目と薬湯を馴染ませる。
 後はタオルに薬湯を含ませ、じっくりパックするだけだ。
 目をパックしながら、ジュリアスに髪を洗ってもらう。
「人に何かしてもらうって、いい気分だよねー」
 濡れた髪をタオルドライしてもらいながら、深花は言う。
「そうか?」
「……実家には、召し使いがたくさんいるんでしょ?」
 意外な返答に、深花はきょとんとして問い返した。
「そりゃ使用人なんぞ腐るほどいるが……実際に接するのはそんなにたくさんいるわけじゃねえしな。家にいた頃は執事に世話係のメイドが五人、後は家庭教師が十人くらいか」
 しかしジュリアスの答を聞いて、思わず噴き出してしまう。
「家庭教師が十人!?」
「剣術・格闘術・槍術・弓術・レンジャー技術・国語・数学・礼儀作法・ダンスに絵画……うん、十人だな」
 それらをローテーションで延々習い続けていたとしたら……この性格で、よくキレずに続けられたものだ。
「……ガキの頃はか弱くておとなしかったんだよ、こう見えて」
 目があればじっと見つめているような深花の沈黙に、ジュリアスはそう弁解する。
 今の筋骨逞しい肉体と短気な性格にそぐわない気弱で華奢な少年を想像すると、深花は笑いを禁じ得なかった。
「……笑うな」
 憮然とした声に、深花はますます笑い転げる。


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