異界幻想ゼヴ・ヴィストラウレ-17
「ふっ……」
ジュリアスの肩に顔を伏せ、深花は泣いた。
どう考えても、この男が自分を選んでくれる可能性は思い浮かばない。
いずれ妻を選ぶ時期がきたら、しっかりした教育を受けた美貌の貴族令嬢が候補に上がる事だろう。
たぶんメナファという人も貴族令嬢か何かだろうし、自分のような親も親戚も行方知れずの天涯孤独の女が傍にいていい男ではない。
「うぅっ……うっ……あぅ……っ」
嗚咽を堪えられなくて、声が漏れる。
「……?」
ぐっすり寝ていたジュリアスは、肩が冷たくなる感覚で目を覚ました。
意識が覚醒すれば、深花の泣き声が聞こえる。
慌てて起き上がろうとしたが、肩に添えられた手の震えを感じると起き上がるのが躊躇われた。
代わりに手を伸ばし、深花の体を抱き寄せる。
「!」
「よ、おはよう」
抱きすくめて頭を優しく撫でてやれば、深花は堪えきれない様子で盛大に泣き出した。
「なんだ、恐い夢でも見たか?」
ぽんぽんと背中を叩いてやっても、嗚咽はますます激しくなる。
ジュリアスは深花を抱いて、優しくあやし続けた。
「ふぇ……えっ……」
泣き止み始めた深花の額にキスを一つ落とし、その顔を覗き込む。
巻いた包帯は涙でぐしゃぐしゃ、鼻の頭が赤くなってかなりみっともないご面相になっている。
泣き顔の綺麗な女というのは個人的に信用が置けないので面相の酷さは別に気にならないが、朝も早い時間からこんなに泣きじゃくるに至った要因はぜひとも知りたい所だ。
「一体どうしたんだよ?」
「あ……」
悟った途端に叶わぬ恋だと思い知らされ、どうしようもなくなって泣いてしまったなどと、まさか当人に言えるはずがない。
かといって、何でもないと誤魔化すには盛大に泣きすぎた。
「俺には言えない事か?」
「うん……ごめん」
自分の思いは、きっとジュリアスの負担になる。
そう思うと、深花は問いに答えられなかった。
「……そっか」
こんなに泣きじゃくる事になった理由を説明してもらえないとは……自分は意外と信用されていないらしい。
「言えないか……」
信用されていないのが悔しくて、抱きすくめた腕に力を込める。
「……止めて」
その腕を、深花は拒否した。
こうして抱き締められていると、勘違いしそうになる。
恋してはいけなかった相手に恋してしまった事を、後悔したくなる。
「!」
こうして触れる事さえ拒否されるとは思っていなかったため、ジュリアスは驚いて目を見張った。
「お前……」
ジュリアスの頭の中で、一つの結論が組み上げられる。
盛大に泣いて、男の自分には理由を言えなくて、触れる事を拒否する理由。
深花に好きな男が、できた。
「……相手は、誰だ?」
ジュリアスの問い掛けに、深花はびくりと震えた。
「ティトーか?ラアトか?まさかユートバルトじゃないだろうな!?」
「な……何の話?」
戸惑う深花を、ジュリアスはきつく抱き締める。
「った……!」
深花が悲鳴を上げるが、もう構う理由がない。
「誰だよ……誰を好きになった!?」
叩きつけられた悲痛な叫び声に、深花は硬直する。
「どうして……!」
ジュリアスの全身が細かく震えているのに、深花は気づく。
これではまるで……。
「俺は、お前がっ……!」
「はーいおはようございまーす!!」
ドアを開けて割り込んできた第三者の声に、台詞は中断された。