凪いだ海に落とした魔法は 3話-48
休日明けの月曜日。四時間目の授業が終わって、教室が虫かごを揺らしたようにざわめき始めた。早々に弁当箱を開ける人もいれば、机を移動させて仲良しグループを結成しようとしている人もいる。
日下部は直前の授業から、机にぐったりと伏して眠り続けていた。後ろの席で彼女の生態観察を続けている僕のデータが確かなら、あと五分程で彼女は起き上がり、何処かへと消えていくのだろう。そしてもう戻って来ない、なんてことも珍しくはない。
昼食に誘ってみようかと考えたけれど、三時間目の授業中に彼女が早弁していたことを思い出して、止めにする。
「志野、飯行こうぜ」
「ああ」
友人に声をかけられ、僕は数人と連れ立って教室を出た。
廊下の端にある非常口を抜けると、そこは僕らの溜まり場だ。壁を蔦のようにジグザグに這う階段の段差に腰を降ろし、コロッケパンを食べる。晴れた日にはこうして外の空気を吸いながらランチをするのが日課なのだ。食事が終わったらトランプで大富豪をしながら時間を消費するのもいつものことで、負けが込むのもいつものことだった。
僕は手札のカードを眺めながら考えた。残るはキングのトリプルとハートの2。後はクローバーのエースが残るだけだった。どう考えても勝てるゲームだった。午後は雨が降るのかもしれない。
「はい、革命」
「お前マジか。空気読めよ」
ああ、どうやらいつも通りの展開になるらしいと舌打ちしたとき、非常階段のドアが開いた。みんなの視線がドアに集まる。
「志野くんいますかあ?」
顔を上げると、半分だけ開いたドアから身を乗り出して、僕の顔を覗き込むようにしている少女がいた。目が合い、僕は思い出す。白川慧だ。
「あ、いたいた。志野くんさ、今少し話せるかな」
「少し話す」だけの時間がないとは言いづらかった。どう見ても僕は暇そうだっただろうし、彼女もそれが分からないほどバカではないだろう。
「何?」と僕は言う。
「うん。突然なんだけどさあ」
月並みな前置きで彼女は言った。柔らかな仕草で耳にかかった髪を鋤く。ウェーブのかかった髪が風を受けてふわりと揺れた。
「二人きりで、話せない?」
「はあ?」
彼女は形のいい眉を上げ、何かを覗き込むように視線を泳がせる。「どうかな?」と問いかけるように。異性から“いい女”として見られるには200の方法があり、白川慧はその内の180を体得しているのだろう。
「慧ちゃん、人に言えない話とかするの?」
山里という男子が冷やかすように言った。
白川慧は笑顔で答えをはぐらかす。にこりと口の端を上げるが、目は笑っていない。何も言わずに「あなたにそれを教える必要はないの」と言うような空気を釀し出す。無言の圧力。質は違うけれど、日下部もよくやる手だった。
「志野くん」
「ああ、そうだね――」
土曜日のことを思い出す。白川慧は何かに感付いているような素振りを見せていた。テストの件に関する話だとしたら、無視はできない。