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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-49

「分かったよ」

どうせゲームは敗色濃厚なのだ。負け戦よりも大切なことなんていくらでもある。僕は未練なく手持ちのカードを置いた。

「お前、途中で抜けるなら明日は大貧民からスタートな」

鈴木という革命を起こした奴が抜け目なくそう告げた。

「マジかよ」
「どんな話をしたかあとで教えてくれるなら平民スタートで許してやるよ」
「鈴木くん。詮索屋って嫌われるわよ」

白川慧の忠告に鈴木が肩を竦める。空気を読めないことには定評のある奴なのだが、少し可愛い女子の前では素直なものだ。
「行こう」と彼女は言った。今にも僕の手を取りそうな雰囲気だった。どうすれば自分が男子に魅力的に見えるかを彼女は知っているのだ。

「ごゆっくり〜」

茶化すような声を後方に聞きながら、僕は白川慧の後に続いた。



同じ階の第一音楽室が開いていたので、そこで話をすることにした。誰かが仕舞い忘れた譜面台がぽつねんと佇んでいる。ベートーベンやバッハの肖像画が恨めしい目で生者の僕たちを見詰めている。人気のない音楽室は、何だかやけに侘しく感じられた。

「志野くんってさあ」

白川慧はピアノの側まで歩いて行って、急にくるりと踵を返してを向き直る。一挙一動が誰かを魅了させるために計算されているようだった。

「沢崎くんと仲いいんだよね」
「それ、前にも言ったと思うけど」
「そうね。前にも聞いた。でも、おかしいじゃない」

彼女は微笑みながら、それでも探るような瞳を強く光らせて、そう指摘した。僕は心の中で少し身構える。

「何がおかしい。僕が誰と仲良くなろうが自由だろ」
「もちろんそうよ」
「なら――」
「被害者と加害者が仲良くしちゃいけないなんて法はないわ」

「ああ」と僕は合点が行ったように発声して「そのことか」と、さも今ようやく気付いたかのように笑ってみせた。

「君も、菊地からテストの問題を買ったんだね」
「そう。沢崎拓也の仕組んだ、でたらめの英語のテストの問題をね」

誰かがはしゃぎ声を挙げながら廊下を歩いて行った。その余韻がなくなるまで3秒ほど待ってから、僕は意表を衝かれたような顔を作り、「え?」という声を口に出した。

「沢崎が仕組んだ?」
「そうよ。菊地くんから聞いてないの?」
「いや、何も。それ本当の話なのか」
「さあ、どうかしら。沢崎くんに罪をなすり付けただけかもしれないけど、彼を怒らせるようなまね、菊地くんがするかしら。沢崎くん、喧嘩とか凄く強いって噂があるし。そんな人を人柱にしたら、あとが怖いんじゃない?」
「ああ、そうか。だとしたら、本当なのかな」
「信じないの?」
「うん?」
「沢崎くんのこと。友達なんでしょ」

仕方がないさ、というように僕は肩を竦めた。


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