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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 3話-12

「何だか、鋭そうな感じのバイクだね。ゴツゴツしてないし。何て名前?」と僕は言った。
「確か――SV400S、だったかな。ハーフカウルでVツインは稀少だから、ルックスが特徴的に見えるんだって、兄が言ってたけど」

関心の薄い口調で日下部が言う。自分が乗るバイクにこだわりはないらしい。ソリッドでシャープな佇まいはライダーに良く似ていると思うのだけれど。

「そんなことよりさ、行くんでしょ? 沢崎拓也の家。なら早く行こうよ。ここ、虫がいっぱいいて嫌なんだ」

日下部はコンビニの窓ガラスに群がる蛾を、嫌悪の眼差しで見詰めながら言った。いつもの冷たい目とは違い、焼き殺そうとするような恨みの隠った視線だった。

「そうか。君は虫が苦手か。意外な弱点だね。日下部沙耶もちゃんと女の子してるじゃないか」
「うるさい。早く行くぞ」

アクセルを捻り、飼い慣らした獣を唸らせるようにエンジンを吹かして、僕を急き立てる。

「わかった。ああ、ちなみに、日下部が店に来ることを、沢崎は知らないから。あいつにはメールで僕が店に行くことだけを伝えてある。誰も得をしないサプライズだけどね。沢崎が僕らにしたことを考えれば、可愛すぎる悪戯だと言える」

些細な嫌がらせだ。これくらいの仕返しはしても、罰は当たらないだろう。もっとも、予想外の人物が目の前に現れたところで、沢崎が慌てふためくわけもないだろうが――。

「ふうん。まあ、どっちでもいいよ、そんなことは。さっさと行こう。うわぁ――でっかい奴が近くを飛んでるよ、気持ち悪い」

確かに掌サイズの蛾が宙を舞っていた。あの大きさは僕でも嫌悪せずにはいられない。そいつが少し近付くたびに肩をびくつかせる日下部が珍しくて、もう少し見物してみたいという気持ちもある。まあ、そんなことをして日下部の怒りがこっちに飛んできても得はないので、出発するとしよう。

「こっちはスクーターだから、全力で飛ばしても余裕で付いてこれるよな」
「確認するまでもないじゃない。そんな当たり前のこと」
「あ、そう」

僕はベスパに股がり、エンジンを付けた。日下部の4サイクル二気筒に比べると、何ともまあ、情けないエンジン音が響いた。
ヘルメットを被り、ゴーグルを下ろして方向転換。

「行こうか」

僕たちはコンビニを後にして沢崎の家へと向かった。



――夏の夜のドライブインは、墓標のようにその姿を闇に浮かべていた。
通りを走る車は海底探索機みたいに舗道を照らしている。物言わぬ街灯が仏頂面で頭を垂れ、足下に投げ遣りな灯りを落とす。作られた光は夜闇を追い遣り、この店が眠ることを許さない。

夜は澄んでいる。日が落ちてから外に出る度に、いつもそう思う。昼よりも音がよく通る気がするし、匂いだって違う気がする。どうしても夜に聴きたい種類の音楽だってある。人間が夜行性ならいいのに、と思う。自分ひとりなら、いつまででも起きていたいところだけれど、他の人間は昼間のほうが活動的なのだから、仕方がない。


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