投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

凪いだ海に落とした魔法はの最初へ 凪いだ海に落とした魔法は 58 凪いだ海に落とした魔法は 60 凪いだ海に落とした魔法はの最後へ

凪いだ海に落とした魔法は 3話-11

夜になると、僕は待ち合わせの場所へとボロボロのベスパを走らせた。老婆の咳を思わせる排気音が、コンビニに着く頃には鼓膜にべっとりと張り付いていた。どうして原付の排気音はあんなに苦しそうな声を出すのだろう。あまり好きになれない。

煌々と光るコンビニの過剰な照明が眩しく辺りを照らしていたが、そこに集まるのは虫ばかりで、店員以外に人の姿は見受けられなかった。
スクーターを降りた瞬間から汗栓が開いてじわっと汗が吹き出てくる。運転中は風圧のせいで体感温度が低く感じられるから、夏の夜の暑さを忘れていたのだ。

涼を求めてコンビニの店内に入る。客は僕一人だけだった。店員はお約束通りといった具合の大学生らしき青年で、やはりお定まりの表情である気だるそうな顔をしていた。

迷わず雑誌コーナーに向かい、今日発売の漫画雑誌を立ち読みする。いつも読んでいる雑誌とは違って、剣や怪物はあまり出てこないらしく、学園物や日常系が多かった。取り合えず絵柄で面白そうな漫画を探してみるけれど、特に興味を引かれるものはない。
他の雑誌に移ろうかと目を棚に遣ると、窓の向こうにヘッドライトの光が海底探索器みたいに煌めくのが見えた。光の幅からして四輪車ではなくて単車だろう。

雑誌を棚に戻して外へ出た。工事現場で使われるランマーみたいなエンジン音が耳朶を打つ。力強いが、400にしては穏やかな音かもしれない。
バイクが駐車場に入ってきて、僕の袂に止まった。

フルフェイスのヘルメットで顔は分からないが、日下部沙耶で間違いないだろう。ノースリーブのシャツにタイトなジーンズ。ラフな出で立ちが彼女の線の細さを際立たせていた。ハリウッド映画でその姿を見掛けるなら間違いなくアクションシーンだろう。
彼女はヘルメットを脱ぎ、小さく息を吐いた。長い髪の毛が零れるように背中に落ちる。ヘルメットの中に仕舞っていたらしい。

「髪、なびかせないんだ」と僕は彼女に言った。
「はあ?」日下部は訝しげに眉を寄せる。
「いやほら、アニメみたいに長い髪をなびかせながらバイクで走る姿とか、素敵なんだけどな、と思ってね」
「そんなの知るか」と彼女は唾棄するように言って「――大体さあ」と呆れた口振りで続けた。
「――そんなことしたら、髪が痛むじゃない」
「そうなのか?」
「そう。乾燥するし、排気ガスとかでごわごわになる。もし転んだときに絡まったりしたら危険だし、あんなの普通はやらない。私の場合は癖が付きにくい髪質だから、くるくるまとめてヘルメットの中に入れれば大丈夫だけど」
「じゃあポニーテールは?」
「あれも駄目。髪に悪い」
「あれも?」
「悪いよ。ゴムで縛るだけて頭皮が引っ張られるってのに。ヘルメットで締め付けられて風で振り回されるんだから、いいはずない。あんなのやってたら禿げるよ。ていうか、そんなのどうでもいいじゃない」
「まあね」

僕は日下部の股がるバイクに目を遣った。
抜き身の刃のように闇を跳ね返す銀色のハーフカウルが、研ぎ澄まされたナイフみたいで綺麗なバイクだった。
前方だけを覆うハーフカウルと剥き出しのエンジンとの繋ぎ目が、女性のくびれを思わせてセクシーだ。
妖艶な裸体めいたボディが流線的で、鋭角的なシルエットとの対比が美しい。
ハンドルはそれぞれ部品が独立したセパレートハンドル。ライディングスタイルがレーサータイプのように前傾姿勢になるのが特徴で、股がっているだけで有能なレーサーに見える。
大きさの割りには軽そうに見えるその姿は、虚飾を削ぎ落とし、極限まで機能美を凝縮したかのような印象で、日下部沙耶らしいバイクだな、と僕は思った。


凪いだ海に落とした魔法はの最初へ 凪いだ海に落とした魔法は 58 凪いだ海に落とした魔法は 60 凪いだ海に落とした魔法はの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前