異界幻想ゼヴ・ラショルト-7
「でね、ファスティーヌったら……」
嬉しそうに顔をほころばせているフラウを見ていると、自分もじんわり温かくなる。
相槌を打ってから、深花はだいぶぬるくなってきたスープを口に含んだ。
今日のスープはティレットの担当を外れたらしく、普通においしい。
王城に引っ越したファスティーヌは使者を立てて頻繁にフラウと手紙のやり取りをしていて、その仲のよさは非常に羨ましいものだった。
最も、自分にはティレットがいるわけだが。
今日も彼女はベテランのおばちゃん達に混じって厨房内を駆け回っており、忙しく立ち働く姿が食堂から見えていた。
深花の事はちゃんと認識していて、仕事の合間を縫っては笑顔で手を振ってきたりする。
二人は今、食堂で夕食を摂っていた。
佐官以上の独身高級士官は別の場所に設けられた専用食堂を利用するが、尉官以下の独身者はこちらの食堂を利用する。
既婚者はもちろん、家に帰って愛妻の手料理に舌鼓を打てと言われるわけだ。
今日も木刀で剣術の訓練を行ったのだが、男二人はもう少し汗を流してから夕食にすると言うのでフラウと深花は一足先に夕食にありついていた。
「あ、ここにいたか」
ざわつく人混みを掻き分けて、夕食のトレイを持ったティトーとジュリアスが姿を現す。
フラウの隣にティトー、深花の隣にジュリアスが腰掛けた。
尉官が三人と曹長が一人というメンバー構成はかなりの威圧感があるらしく、微妙に人の輪が四人を避けていく。
「あ、そうだ。ねえジュリアス」
二の腕をつついて、深花はジュリアスの注意を引いた。
「ん?」
スプーンを手に取ろうとしていたジュリアスは、深花の方を向く。
「あの……都合が悪かったら断ってくれていいんだけどさ、ご飯終わったら稽古に付き合って欲しいんだけど」
「稽古?」
「うん。関節技からの抜け出し、もう少し練習しときたいかなって」
ジュリアスに、異論のあろうはずもない。
「そうか。それじゃあ……」
「面白そうな話をしてやがるな」
不吉な声が、二人の間に割って入った。
四人は、一斉にそちらを見る。
「よう、久しぶり」
ジュリアスの反対側に、クゥエルダイドが立っていた。
深花と目が合うと、下卑た笑みを顔に浮かべる。
「……何の用だ」
冷たい声で、ジュリアスは言う。
不快と怯えの入り混じった深花の顔を見ると、クゥエルダイドは口から舌先を出してちろちろと動かしてみせた。
たったそれだけの仕草で、四人は一気に不愉快な気分を味わう。
その場に居合わせなかったフラウさえ顔をしかめるのだから、不愉快さの度合いが知れるというものだ。
「何の用だってぇ?」
ケタケタ笑ったクゥエルダイドは、深花に手を伸ばす。
「きゃ……!」
馴れ馴れしく肩に腕を回すと、頬に唇を近づけてべろりと舐め上げた。
「っ……!」
「相変わらず美味い肌してやがるな」
顔を近づけたついでに頬にキスまですると、クゥエルダイドは離れた。
肩に腕を回してからの一連の動きは実に素早く、四人は呆気にとられて何もできないでいる。