「Wing」-29
崩れる元人間。体勢を悪くしたとか、倒れたとかそういうのではない。文字通り“崩れた”のである。胴体が下半身の上から。噴き出る鮮血。一瞬遅れて倒れる下半身。少年は巨大な剣で敵兵を、側にいた味方の兵士もまとめて薙払ったのだ。それも右腕一本で。
「ウオオォォォ!!」
大地を揺るがすような咆哮。全身から怒気とも殺気とも取れぬ、恐ろしい何かを発していた。
そして突然彼方に向かって走り出す。
左足を軸に体を右方向に回転させる。その意図が分からず、取り敢えず剣を構えた。直後、体の中を風が通り抜ける。一瞬の空白の後、水の噴き出す音が耳に流れ込む。と、同時に胴体に感じる激痛。
死んだ。無残な最期。目があった。"元生き物"の頭部と。視界に割り込んできた。上半身の無い自分の下半身が。
妖しく光る剣。敵味方関係無く多量の血を飲んだソレはそれでも切れ味が衰えることはなかった。
少年が次の一撃を放とうと右足を大きく踏み込んだ時、激しく転倒した。血で足が滑ったのであろう。好機と見たのか、一人の兵士が飛び掛かった。少年にむかって振り下ろされた剣。体勢的に受けるのもかわすのも不可能。しかし血飛沫をあげたのは襲い掛かった兵士。振り上げられた少年の左の手にある新たな刃。不細工な大剣とは違い、細やかな彫刻が施された細身の短剣。唯一にして絶対的に似ている点は人を切り裂く為の刃。
右の手に巨剣。左の手に小剣。
舞続ける。ただひたすらに。
血を求めるが如く。肉を欲するが如く。
凶器に狂喜し、悲鳴によって己を鼓舞するかのように。
少年の前には敵も味方もない。皆、等しい命。少年の後ろには敵も味方もない。在るのはただの肉塊。
身に纏うは血。瞳に宿すは緑光。
…………痛い……左目が疼く……此処は何処だ?……深い闇……瞼の裏に在る、何よりも深い……永久の闇…………
開戦二十二日目、死者七千四百一名。
「あの少年は即刻処分するべきだ!」
「何故です? 彼がいなければ城が落とされていたのかもしれないのですよ?」
「兵達はかなり困惑しているようです。今は何とか抑えていますが、いつ暴動が起きても不思議ではありません」
「だが彼の力で敵を退けたのもまた事実で……」
此処は会議場。先刻のレオンの暴走により死んだ兵士の数は千余り。この日の戦死者の七分の一、全体の十五分の一にも及んだ。よってレオンの処遇について話し合っていたのだが、
「やはり処刑した方が……」
「彼が殺した数は千と確かに少なくない数字ではあるが、それ以上に命を救った数の方が多いのだぞ?」
「数は関係ないだろう! 味方を殺したという事実が問題なんだ!」
「確かに……兵達の士気はこれまでにないほど消沈してますし……」
「王はどうお思われですか? 一応地下牢に幽閉していますが……」
どうもレオン処刑派の方が多いようだ。しかし王は賛成も反対もせず、ただ黙っているだけであった。
「どちらへ行かれるのですか?」
質問には全く答えず、無言のまま席を立つ。そして向かった先は、
「ろくな手当てもせず、このような場所へ閉じ込めたことを悪く思う」
レオンの幽閉された地下牢。
「何故あのような事をしたのか、理由を聞かせてくれ」
黒い鉄格子で出入りを封じられた暗い部屋。灯の無い空間の奥で僅かに動く気配。